第465話 遮那王(しゃなおう)


変化といえば、変化なのかどうかわからないけど。

 寄白さんのイヤリングがひとつない。

 どっかに落としたのか?

 ふだんなら左右の耳にむっつあるはずのイヤリングのひとつが見当たらない。

 だいだらぼっちの鞭に当たって吹き飛ばされたときに、落としたのかもしれない。

 あれって忌具を格納してるからイヤリングの中でもとくに重要なイヤリングなんじゃ?

 いや、寄白さんにかぎってそれはないな。

 忌具が入ってるイヤリングはすでに耳のイヤリングのどれかで、失くしたのは別のイヤリングの、はず。

 だいだらぼっちの鞭がさらに枝分かれしていった。

 あれって、もうなんか新しい武器だな。

 だいだらぼっちは、はたき型の鞭を両手に振り回している。

 先端がさらに細かく分かれたぶん、物理的に鞭が増えたようなもんだ。

 こがねいさんも、さすがに躱すのが大変そうだ。

 それでも、だいだらぼっちすべての鞭を避けている。

 だいだらぼっちは二刀流なのに、こがねいさんの体にわずかにかすることもない。

 だいだらぼっちの顔へのダメージ、とくに大量の眼を潰したのが効いてる。

 だいだらぼっちは、合間に、また地面を踏む。

 足の裏が、田んぼに密着したと同時にこがねいさんはサッと体を屈めた。

 {{ヤツデ}}

 こがねいさんは、手に扇のような大きな葉っぱを持っていた。

 枝分かれした葉っぱの数が七枚で、特徴のある形をしている。

 こがねいさんの特殊部隊の人が着てるような服とあの葉っぱが似合わない。

 ん、あの葉っぱってどっかで見たことあるな。

 なんか良く知ってる・・・・・・けど知らない・・・・・・。

 日本人なら誰でも知ってそうだけどそうでもないような。

 なんだろこの不思議な感覚。

 六角市の町中でよく見かけるってわけじゃないし。

 最近だと町で紫の花をよく見かけるけど、そういうんじゃないんだよな。

 図鑑とか、論文とかそういう専門書のように畏まった書籍で見たわけじゃない。

 だとしたら学校? 家? 違うな。

 なんだっけ? なにかのアニメで観たとか、漫画とか、か?

 あ!? そうだ。

 アニメっちゃアニメだし、漫画っちゃ漫画だ。

 あれってよくモチーフになるやつじゃん。

 あれは天狗が持ってる団扇うちわみたいな葉っぱだ。

 こがねいさんは、手にしてる葉っぱを団扇せんすように煽いだ。

 団扇から舞い上がった旋風が、だいだらぼっちの枝分かれしていた鞭の先を跳ね返す。

 先端が別れた分だけ、それぞれの重さが軽くなっていて、こがねいさんまで届かないんだ。

 こがねさんは、まるで舞踊のように葉っぱを翻して、だいだらぼっちの鞭を捌いていく。

 まるで武将が指揮する軍配だ。

 気に障ったのか、だいだらぼっちは、大きく田んぼを踏みつけた。

 「九久津。あの人の能力って植物ヴェジテイション・遣いコーディネーター?」

 寄白さんと九久津も、こがねいさんの戦いを見つつ、無意識なんだろうけど解説してくれるからありがたい。

 「いや、おそらく違う」

 「なんでそう思う」

 「あの人のメインの能力は体を覆っているあの黄金の龍でヤツデは付随した能力にすぎないから。龍とヤツデ、だよ」

 「……あ」

 「美子ちゃんも気づいた?」

 「黄金の龍、ヤツデ」

 「なにより名前が」

 「遮那シャナ、か」

 「遮那王しゃなおうからきてるんだろうね。まあ、そういうことなんだろう。ただ龍が白龍はくりゅうじゃないのは物語でんしょうが嘘だったのか、あるいは他に理由があったのかわからないけど。まあ、俺たちが知ってるおおまかな出来事さいごってのは奥州平泉おうしゅうひらいずみまでで詳細はわからないからさ」

 「だとしたら、あの人は能力者の中でも、アヤカシでいうところの上級能力の排他的固有種、か」

 「まあ、そうなるね。どこにも属さない、どの範囲にも括れない能力者。それとアヤカシの中でも、いまだに分類が定まっていない鞍馬天狗くらまてんぐの元で修行したって人だからね。もしかすると希力だけの鋳型から生まれた上級アヤカシって可能性もあるかもね。理論上それはもうアヤカシじゃないけど」

 「皮肉だな。東北に多いフォークロワ型の種であるアヤカシ、だいだらぼっちと、岩手で人生を閉じた伝説の人との戦いとはな」

 「ああ見えて、あのヤツデだって望具かもしれないし」

 !?

 な、なんと。

 鈴木先生の歴史雑学がこんなとここでまたまた役立つとは。

 ――牛若丸はもともと鞍馬寺の鞍馬天狗に剣術を教えられたとされている。その鞍馬天狗ってのがあやかし・・・・だったなんて話まであるんだ。 

 だとしたら、「こがねいしゃな」って人は。

 只野先生がホワイトボードに書いた星間エーテルについての話が浮かんできた。

――レオナルド・ダ・ヴィンチ。彼の職業は芸術家、発明家、画家、建築家、数学者、彫刻家、音楽家、地質学者、解剖学者。

ダビンチは転生を繰り返し、その都度、各分野のスキルを積み上げてきた。

 「こがねいしゃな」

 まさか、この時代に日本の国防の要である防衛省にいて日本を守ってるなんて。

 兄への複雑な想いを抱えたまま、そのやり場のない感情が国に向くってこともあったかもしれないのに。

 九久津が言ったとおり史実に残ってる物語なんて伝聞や書物にあるだけのものだからな。

 転生のパラドックスという現象があるかぎり、その人の思想や気持ちは本人にしかわからない。

 真逆の感情になることだってあるだろうし。

 {{水龍すいりゅう}}

 こがねいさんが、葉を振ると、葉の先から薄っらと青い龍が出てきた。

 あれ、龍の形をしてるけど。

 水だ。

 こがねいさんも、その水の龍を鞭として使っている。

 は!?

 なんて斬れ味だ。

 だいだらぼっちの鞭が裁断こまぎれになった。

 水だって極限まで圧縮すれば金属も切れるからな。

 黄金の龍に青い龍。

 こがねいさんは龍を操る能力者か。

 あ、なんか体がムズムズしてきた。

 ゾワゾワか?

 感覚的にわかる。

 体が縮んでるんだ。

 縮んでるのは俺の本体というか俺自身であって、周囲まわりの泥の部分が消えていく。

 これは、俺とだいだらぼっちの一体化が解けていっている。

 召喚の解除だろう。

 たぶん、これで俺は、本来の俺のサイズに戻るはずだ。