第36話 守護(まも)るべきは内か外か?


「うん、そう。ここ数日私が学校を不在にしていたのは六角第四高校の工事現場につきっきりだったからなの……」

 

 校長が顔を上げた、でも、うわずった声でうろたえている。

 そんなつもりじゃないのに、やっぱり俺が加害者になったみたいに思えた。

 「六角第四高校よんこうの工事に?」

 だから学校にきてなかったったんだ。

 そういやあの工事って校長の会社がやってるんだったけ。

 

 「そう。こんな結果になるなんて。私がこの町の終わりをはじめてしまった」

 

 「校長先生。落ち着いてください、どういうことなんですか?」

 

 校長は一度はなをすすってまたボールペンを手にとった。

 さっきの白紙の余白に今度は六角市の簡易図をさらさらと書いていった。

 駅の案内図のように単純な図形がならんでいて、すごく見やすい六角市の地図だ。

 校長は六角市を囲んでいるギザギザの三角形の場所をペンのさきでコンと突いた。

 それは市外にある山脈の場所で守護山のあるところだ。

 「守護山。これも本当は六角市を守護する山じゃなくて六角市に溜まった瘴気を六芒星の中に留める山なの。つまりは六角市の外側・・を護る山」

 はっ? 町の外側? って、なら内側は?

 「えっ!? じゃ、じゃあ俺らは山に守護まもられて育ってきたわけじゃなくて、瘴気と一緒に市民もろとも封印されてきたってことですか!?」

 

 「そう。それがこの町の秘密。この町の運命さだめ……」

 

 「そ、そんな……」

 三十万の市民はこの事実を知らない、いや知ってはいけない。

 これは要するに産業廃棄物を棄てる場所がないから一緒に埋めるのと同じ理屈だ。

 こんなことを考えた人間に良心の呵責かしゃくはないのか?

 「なにもかも変えたかった。堂流を殺した風習も……」

  

 校長の声にさらに涙声が混ざった。

 なにかの後悔が灰汁あくになって紛れたみたいに声がかすれている。

 「……堂流?」

 校長は両手の拳を握りしめて、俺の知らない人の名前をいった。

 その人に救いを求めてるようにも思えた。

 そんなふうなニュアンスの口調だったから。

 誰なんだその人は?

 「九久津くん。いいえ……九久津毬緒の兄よ……」

 「く、九久津の兄貴……?」

 こんな俺でも校長の泣き腫らした目を見てすぐにわかった。

 校長は九久津の兄貴が好きだったんだ。

 ――堂流を殺した風習? たしか……九久津家は寄白家の補佐役。

 きっとアヤカシ退治の最中で亡くなったんだろう。

 モナリザの戦闘を思い返してみてもまさに命がけだった。

 ブラックアウトでアヤカシがあんなに豹変ひょうへんするんだからアヤカシ退治の最中に命を落としたとしてもまったく不思議じゃない。

 

 「九久津に兄がいたんですね?」

  

 「ええ。優秀な人だったでも私のミスで……」

 

 「い、いや校長のせいじゃないです。きっとなにがあったとしても……」

 

 一切事情の知らない俺の慰めが通じるのか? いつ、どこで、どんなふうに九久津の兄貴が亡くなったのかはわからない。

 赤の他人が触れてはいけない深刻な出来事だったかもしれない。

 それでも傷口に塩は塗れない。

 うわべだけの慰めだったとしてもそれでいい。

 「ううん。私のせいなのよ。毬緒くんがあんなふうになったのも……」

 

 「えっ、九久津?」

 九久津? どういうことだ?