「よ、寄白さん。ちょ、ちょっと待って、ま、まだ心の準備が」
「いきますわよ?」
お、俺はもう逃げられないってことか? か、完全に追いつめられてる。
「わ、わかった」
俺は今上半身裸で保健室のベッドにうつ伏せになっている。
この状況は俺にとって良いことなのか悪いことなのか? カーテンをぴっしりと閉め切った完全密室(?)の中で俺はひとり悩む。
傍らでは寄白さんが長年華道や茶道を嗜んでいたかのような姿勢の正しさで回転椅子の上にちょこんと正座している。
よく、その面積に正座していられるな……? すこしでも動けば座席がクルってするだろうに。
「や、や、やっぱり、ちょっと待って」
「男らしくないですわよ?」
「わ、わかった。わかりました。腹はくくりました」
このシチュエーションだけを見たら勘違いする人もいるかもしれない。
うらやましがる人もいるだろう。
なんせツインテールの妹属性が俺の背中に直接に触れてるんだから。
俺は首を限界まで傾けて背中のほうを見た。
寄白さんはあの小さな面積の椅子の上で左膝を立てそこを支点に俺の背中を強く押した。
手のひらのほんわかした感触が背中に伝わってくる。
勘違いしないでほしい、これは保健室パンツではない。
寄白さんの座っている回転椅子はまるで床に固定されているように微動だにしないどころかケンタウロスのように一体化してるみたいだ。
寄白さんは右手を大きく振りかぶり、その手を俺の背中すれすれに振り下ろして、人差し指に全力を込めた。
気体のもれる音がしてストローより細い筒状のものから霧状のなにかが噴霧された。
「きゃぁぁぁ!!」
俺はかなり激しく悶えた。
寄白さんが手にしてるスプレー缶からは、寒い日の吐息のように白い気体が放出されている。
も、もう耐えられないこのメントールを超えた想定外の冷たさに。
「なんだこれぇぇぇ!?」
「トリガーノズルでしてよ」
「噴出口のタイプじゃね~し!? 中身のほうどぅわぁぁ~!!」
「え~と。プロパンとn-ブタンとイソブタン、イソペンタンでしてよ」
寄白さんはこんな俺をおかまいなしに自分の顔を缶に近づけると、そこ印字されている文字を一言一句読み上げた。
タン、タン、タン。
なんか物質のタン率高けーし!!
もちろんそのあいだも指先のボタンは押されたままだった。
あなたに一時停止という言葉はないのでしょうか? 缶の文字を読むなら、ふつうは缶を顔の前に持ってきて見るよね?
「配合成分をいわれてもわかんね~。 ああ、こ、腰が寒い、つ、冷たい、し、沁みるぅ!?」
俺は腰に手を当てながら服に火が引火して地面を転がる人のようにベッドの上を右に左にともんどりうった。
……この感じは風呂を沸かしそこねた結果水だったあの感覚に似てる。
か、完全にコールドスプレーだ。
コールドを吹いてきやがった。
俺のこの動きで保健室のカーテンがオーロラのように揺れている。
今、この瞬間保健室に誰かがきたならあらぬ噂が立ってしまうだろう。
下手をすれば「シシャ」よりもヤバい噂が先行する。
となると俺は「シシャ」と変態のダブルライセンスゲット……というわけだ。
が、学校中に悪名が轟いてしまう。
この年齢で「シシャ」と「変態」のダブルネームは背負えねー!!