第51話 【機密区分C】 九久津毬緒


揺れる車内で小さな文字を見つすぎて目が疲れてきた。

 毎日スマホもやってるし、これって多くの中高生がそうだよな。 

 俺は乾燥してきた目を休めようと目頭を二、三度押さえてから流れる景色をながめた。

 これで疲労回復を、っと。

 お、お、うわっ!? こ、これって歩道に近すぎじゃねー? 俺は驚いて窓ガラスに頬っぺたと指の跡がくっきり残るほど密着させた。

 な、なんだこれ? バスが外側線せんギリギリを並走するように走ってる。

 バスとすれ違う対向車の運転手もみんな驚いていた。

 そりゃそうだろう下手したらタイヤを歩道に擦ってしまうかもしれないんだ。

 しばらくすると車体はまた道路の中央に戻っていった。

 どういうことだ? 乗客の中にも窓際をのぞきこんでいる人もいれば、まったく気にしてない人もいる。

 そんな中、パッと見ただけでもすぐに高級品だとわかる黒くてきれいな革張り手帳になにかを書きこんでいる人が気になった。

 さらにまたその手帳にペンを走らせていく。

 メモをとってるその人は、見た目が三十代半ばくらいできっちり足を組んで座っているけどしわひとつない黒い細身のスーツで身なりが良い。

 スーツの胸元には「KK」という文字の入った青いバッジをつけていた。

 整髪料でオールバックにしていて眼つきは鋭く眉間にしわを寄せている面長おもながの男の人だ。

 その人はバスの外をちらちら見ながらなにかを書いている。

 俺と同じようにこのバスに異変を感じたのかもしれない。 

 俺はまた防護柵越しから運転手さんを見た。

 疲れてんのかな? とも思ったし、こういう走りかたなのかもしれないとも思った。

 けど俺はこの時間帯のこのバスで六角駅にいったことはないから、ふだんどんな走りをしてるのかは知らない。

 にしても外側線せんに近づきすぎだよな……。

 「シシャ」の反乱の翌日から今日までの二日間「六角第一高校いちこう」の授業は急遽短縮授業に変わった。

 さすがに休校にはできなかったみたいで、緊急の校内点検という別の理由をつけてだけど。

 それで生徒を校舎から遠ざけてるってわけだ。

 業者にふんした関係者が二日にわたって調査にきていた。

 資料の中にあった「解析部」って人たちかもしれない。

 それにモナリザとの戦闘の翌日も壊れた美術室の修理をしに専門業者がきていたことをあとで知った。

 今思えば、あの日の昼休みにすれ違った作業服の人たちがそうだったんだと思う。 

 そうなるとあの人たちはふつうの業者じゃなくアヤカシのことを知ってる、いわゆる当局関係者ってことになる。

 四階の存在自体が秘密なんだから、その四階を修理するなら当局関係者以外は考えられない。

 ここ二日は校長の計らいで校内の安全を確保したんだろう。

 そのあたりの詳しいことは知らないけどもしかしたら当局の命令かもしれない。

 当然、俺だって生徒のひとりでいつもまでも校舎に残っているわけにはいかないから早めに帰らないと、と思っていると校長の提言で俺は九久津の家にいくことになった。

 もしかしてこの路線は昼以降は変則ルートだからベテラン運転手でも混乱するとか? だからこんな変な走行方法を? ってプロの運転手にかぎってそんなことはないだろう、そんなことしてたら仕事にならないはずだし。

 ま~今はきちんと車道の真ん中を走ってるからいいか。

 俺はバスの安全運転を見届けてまた資料を広げた。

 おっ!! 

 つぎは九久津だ。

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 【九久津毬緒】

 召喚能力と憑依能力を併せ持つ召喚憑依能力者。

 性格は冷静沈着で思慮深い。

 九久津毬緒が六歳のときに、兄の九久津堂流くぐつどうるを亡くす。

 上級アヤカシ【バシリスク】から受けた傷が元で死亡。

 九久津家いえぐるみで死因を隠蔽いんぺいしている。

 以来九久津毬緒はそのトラウマから健康に囚われはじめる。

 表向きは寄白家補佐役、九久津家の失態ということで病死に変更されたが、じつのところ死因改竄かいざんの理由は不明である。

 九久津毬緒は召喚憑依しょうかんひょうい能力者の中でも天賦てんぷの才を持つ。

 召喚能力とはアヤカシを召喚する能力である。

 誤解する者も多いが召喚とはアヤカシの模擬体もぎたいを出現させる能力である。

 いわばコピーしてペーストするという行為に近い。

 反対にアヤカシ本体を召喚する場合はカットしてペーストする行為に近い。

 本体召喚は極めて危険な契約方法で主従関係の在り方など代償は大きい。

 独占契約以外ならば召喚拒否や叛逆行為はんぎゃくこういもありえる。

 とくに悪魔との契約は身を滅ぼすので禁忌きんきとされている。

 ただし本体を召喚すれば、そのアヤカシの百パーセントの力を使用することができる。

 憑依は自分の体に召喚した模擬体またはアヤカシ本体を取り込むことである。

 憑依には以下のパターンがある。

 【全身憑依】=召喚者の体すべてを使用する。

 

 【部分憑依】=召喚者の体の一部、たとえば、腕、足などを部分的に使用する。

 右腕に一体、左腕に一体、など複数憑依も可能。

 

 【遠隔憑依】=自分が召喚したアヤカシを近くにあるモノに憑依させることができる。

 また【遠隔召喚】という、術者よりも離れた場所にアヤカシを召喚する召喚術もある。

 召喚範囲は自己を中心に半径数メートルが一般的だが、キロ単位で召喚できる能力者も存在する。

 これにともないアヤカシには相対的な強さを示すために怪異レベルが設けられている。

 これは世界基準の数値である。

 怪異レベルはアヤカシその者の強さを数値化したもの。

 キャパレベルは自己の許容量を数値化したものである。

 一例をあげるとすれば、怪異レベル三十を憑依させるには単純にキャパレベルが三十あればいいというわけではなく能力者の体調、体質によっても変化する。

 ある能力者によっては怪異レベル三十を憑依させるにも、キャパレベルが二十で充分な場合もあれば五十を要することもある。

 すべては能力者の相性や属性と経験値で決まる。

 またキャパレベルはなにかしらの外的要因で増減することもある。

 つまり外づけのハードディスクを追加するようなものである。

 基本的にキャパレベルは最高値になるまで憑依させることができるが、空き容量の最上限まで使用した場合、肉体に過度の付加がかかり死に至ることもある。

 一割から二割ていどの空き領域を確保することが世界的に推奨されている。

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 九久津……やっぱりバシリスクのことを気にしてあんな生活を……。

 てか、校長、御名隠しの理論と同じで他人に能力を知られるのは好ましくないっていってたのに九久津のことをここまで詳しく紙に載せていいのか? 本当に「Cランク」情報か? 九久津の項目はやけに内容が濃い気がする……。

 でも、ここでまたひとつ勉強になったことがある。

 怪異レベルとキャパレベルってこういうことだったんだ。