第52話 違和感


俺はそのままひっそり資料を読んでると目元に直射日光のように強い光の刺激を感じた。

 いったん窓から目を逸らして細目で外をのぞいてみる。

 六角市は環境事業の一環で町のあちこちにソーラーパネルを設置してるから眩しいのはそれが原因だった。

 俺は通学中のバスからも国が許可したという文言の入った看板をよく目にしていた。

 

 ソーラーパネルは集合体となって市内郊外問わず群れのように点在している。

 まあ最近の日本ならどこにでもソーラーパネルはある気がするけど。

 黒い長方形の幾何学模様は今も太陽の光を吸収ししつづけていた。

 俺はそんな光景を横目にして、窓際に備えつけてあるカーテンをサッと引く。

 と、同時くらいだった……ん……なんだ? 車体がまたすこし揺れてる気がする……? 頭をカーテンに潜らせて道路を見てみると、またさっきのようにバスは外側線せんすれすれを走っていた。

 あっ、もしかしてソーラーパネルが原因か……。

 お、おうっ!? 

 ま、また、フラフラがはじまった~。

 う、運転手も俺みたいに目がくらんだのかもしれない。

 これは六角市に――ソーラーパネルの反射でバスが蛇行運転してたっていったほうがいいかもしれない。

 あっ、元に戻った。 

 俺はバスの不安定走行に気をとられながらも、九久津の項目をまた数回読み返した。

 そのあいだも車体が歩道のほうに近接することが何度かあった。

 なんとなく集中力も途切れてきたから、資料のつづきは九久津家にいくまでのバスの中で読むことにした。

 オールバックの黒いスーツの男の人は車体の変化と連動するようにして、まだメモをとっている。

 なにをそんな一生懸命にメモしてるのかわからないけどここから見るかぎりその走り書きは手帳の余白までいってる感じだった。

 

 六角駅前のバスの停留所で降てから九久津と落ち合うまで時間があったので校長のスマホに電話をかけてみる。

 特別監査とかいう会議の最中だったらどうしようという思いもあったけど、会議中ならさすがにマナーモードにしてるだろうと思って俺は通話ボタンを押す。

 ――プルルル。プルルル。と呼び出し音が鳴る。

 しばらく応答なかったら切ればいいよな。

 応答を待ってるあいだ俺は自然と町ゆく人を目で追っていた。

 六角駅は市外に出るための主な交通手段だからどんな曜日のどんな時間帯でも賑わっている。

 六角駅の正面の表入口には遠く離れた場所からでも一目で時刻を確認できるように大きな星形のアナログ時計があった。

 時を刻む星は行き交う人をじっと見下ろしてるようだ。

 時計の斜め下にはパルテノン神殿のような柱が左右でそれぞれシンメトリーに十三本ずつ並んでいる。

 柱はさながらチェスのようで白と黒が交互に等間隔でタクシー乗り場の手前まで伸びていた。

 オブジェの柱ひとつひとつには確実に既成フォントじゃないロゴが彫刻されている。

 筆記体をさらに斜めに崩したような形でかろうじてアルファベットだと判別できる文字だった。

 俺はその中にある「J」というロゴの白い柱にもたれて校長の応答を待つ。

 背中にゴロゴロとした石材の硬さと凹凸おうとつを感じる。

 それが腰にも当たっておさまってた痛みがすこしぶり返してきた。

 まあ、寄白さんにいいだけ遊ばれたからな……い、いや、治療してもらったからな。

 おお!? 

 あぶねーこんなことを思ってるのがバレたら、きっとさらに大きいトリガーノズルでやられるに違いない。

 野球選手だってデッドボールのときにはすぐにコールドスプレーだし、あの治療法は正しい……ということにしておこう。

 むしろツインテールの寄白さんにエアー系の湿布を期待したのが間違いだったかもしれない。

 いや、違うなコールドスプレーはまだマシだと思わないと。

 殺虫剤あたりでも噴霧けられてみろ? 下手したら、ジ・エンドだ。

 お~、おぞましい。

 でも俺の背中に五芒星を描く意味はあったのか?

 いまだに――プルルル。プルルル。と呼び出し音が鳴りつづいている。

 耳をスマホに集中させながらも、俺の視線は六角駅の星の時計に向いていた。

 今、だから気づけるけどあの時計も六芒星か……。

 ただ、あれは六角市の象徴だからといわれればそれまでだけど。

 もう、秒針も一周するしそろそろ切るか。

 『はい、もしもし。寄白です』

 スマホを切ろうとして俺が電話機本体を耳から遠ざけたとたんに、校長の声が聞こえてきた。

 

 「あっ、校長先生。い、今、大丈夫ですか?」

 応答がすこし遅れたけど慌てて言葉を返した。

 『あ~沙田くん? うん大丈夫よ』

 「あの資料のことで訊きたいことがあったんですけど?」

 『えっ、なに?』

 「九久津のことがやけに詳しく書いてあったんですけど、あれって本当に機密区分Cなんですか?」

 『あっ!? あ~、あれね~、気づいちゃった?』

 校長は声の張りもよく電話越しからでも元気そうだった。

 会議は大丈夫なのか? それに――気づいちゃったって、どういう意味だ?

 『あれはAランク情報も混ぜておいたの~』

 「ええ~!!」

 俺はスマホ片手に大声を出した。

 周囲の人たちは俺を振り返ったけど、すぐになに食わぬ顔で駅構内に吸い込まれていった。

 これからそれぞれの目的地へ向かっていくんだろう。

 その終着駅が楽しい場所なのかわからないけど……。

 『だって【Aランク情報は組織の上層部のみが知りえる極秘情報】としか書いてないでしょ? だからそれを使用するのも情報を持つ者しだいなのよ』

 「そ、そうなんですか? それで九久津のことはあんなに詳細に書かれてたんですね?」

 俺は周囲を気にして声を潜めた。

 コップのストローがなにかのキッカケで回転するように、俺の体も条件反射で反転していた。

 俺はそのまま柱にでこを密着させたままで話をつづける。

 『そうよ。Bランクなら口外無用だけどね。私はAランクとCランクの情報しか使ってないし』

 こ、校長、なんか法の抜け道的なこといってるし。

 本当にそんなキレ者刑事みたいな言い訳をしていいのか? 

 「そ、そうですよね」

 『とりあえず、これからが本会議なの……というかじっさいは査問委員会さもんいいんかいなんだけど……』

 校長の言葉が突然弱まった。

 会話の最後は話はじめと比べて夏と冬ほどの温度差がある。

 「……査問委員会ってなんですか?」

 『う~ん。はっきりいえば今回のシシャの反乱について事情を訊かれるの』

 「……やっぱり六角第四高校よんこうの解体工事についてですか?」

 『まあ、そこを中心に訊かれるでしょうね。もともとすべて私の責任だし。会議が終わったらもっと詳しく話すわね……』

 「えっ、あっ、はい。お忙しいところすみません。では、あとで」

 『うん。じゃああとでね』

 校長はいろいろと大変そうだ。

 切れた電話からも溜息がもれて聞こえてきそうだった。

 大人っていろんな責任を抱えて暮らしてるんだよな~。

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