第53話 査問委員会(さもんいいんかい)


六角市市役所にある第七会議室。 

 大人が二十人ほど集まってもまだゆとりがある大部屋に長テーブルとたった二脚のパイプ椅子が対面で設置されていた。

 木目柄の浮き出た茶色の天板てんばんにはペットボトルのお茶がぽつんと置かれている。

 何枚かある天窓は幼稚園児の身長ほどで大きさで、眠気を誘うように暖かな陽射が射し込んでいた。

 反対にテーブル周辺の空気はピンと張り詰めている。

 繰は髪をアップに束ねグレーのツーピーススーツで物静かにイスに座っていた。

 置かれたお茶にも手をつけず、ときおり胸元を押さえては深呼吸を繰り返す。

 「ふぅ~」

 厳粛なこの場では空気さえ自重じちょうしているようだった。

 会議室には繰のほかに高齢の男がふたりいる。

 大人がたった三人だけ、それはつまりこの集まりはかねてから計画されたものではなくとってつけたようにもよおされたことを物語っていた。

 繰以外のふたりとは「六角市教育委員長」升和志まずかずし、と「六角第二高校」校長の五味均一ごみきんいちだ。

 五味は市立校長の中では最年長で、風紀を正し各校長たちをまとめ立場にある。

 教育委員長の升は六角市に存在する教育機関すべてのおさだ。

 五芒星の紋章が入った着物を羽織っていて長い髪の白髪はくはつ、あごにはサンタのような白鬚しらひげをたくわえている。

 一言形容するなら御大おんたいだ。

 その好々爺こうこうやは会議室の陽だまりで、手で日傘を作り天窓を眺めていた。

 すこしだけ大きめの頭部が知的な印象を放つ。

 繰の対面には五味が姿勢正しく座っている。

 五味も繰と同様にペットボトルのお茶にはまったく手をつけず簡易製本されたA四の資料の上に手を置いていた。

 校長の中のトップでありながらも若若しい。

 フレームレスのメガネと上下グレーのスーツにグレーのベスト、そして赤と白のレジメンタルのネクタイ着用している。

 

 「すみません。私があんな工事を推し進めたために……」

 口火を切ったのは繰だった。

 会釈よりも深い角度で頭を下げる。

 「はい?」

 五味はとても穏やかな口調で訊き返した。

 繰はその柔和な返事に一瞬目を丸くした。

 もっと辛辣しんらつな言葉を投げかけられると思っていたからだ。

 「ですから六角第四高校の解体工事のことです」

 「それがなにか?」

 「シシャの暴走を引き起こした責任を、と思いまして」

 「寄白校長。勘違いしないでください。今回の件はあなたにはなんの関係もありません。六芒星の点を崩したからシシャが反乱した」

 「……えっ?」

 「とでも思ってらっしゃるんでしょうか? 考えてもみてください。長い年月で校舎が老朽化することは想定内です。その都度つどシシャが反乱を起こしていたら六角市は滅んでしまいます」

 「あっ、そういわれればそうですね……」

 繰は五味の正論に面食らった。

 「じゃあ今回の反乱はどうして?」

 繰は五味の的を射た言葉にすぐ納得した、と同時になぜその考えに及ばなかったのかと恥じて両手で頬おさえた。

 しだいに羞恥心しゅうちしんが繰の顔を紅潮させていった。

 「別の要因が考えられますので現在調査中です。……ですのでこれは査問ではなく臨時会議です」

 「そ、そうですか。わかりました。それで今回の件はどこまで報告がいっているんでしょうか?」

 繰は胸をなでおろし安堵するとわずかに表情をほころばせて訊ねた。

 どことなく言葉もハキハキとしている。

 「今のところは市までです。ですが場合によってはもっと上までいく可能性もあるでしょう」

 五味はいったん言葉を区切った。

 このには、多少の思惟しいがあった。

 「いえ」

 五味はひとりかぶりを振る。

 「解析部が検証中である以上トップまではいくでしょう」

 「シシャ」の反乱した一件が、ここ六角市内では止められないくらい重要だということを現していた。

 「内閣まで……」

 繰の表情がみるみる強張こわばっていく。

 すこし間があき――ですか……? と言葉を繋げた。

 「ええ。それほどのインシデントだということです」

 「そ、そうですよね。前例のない事態ですし?」

 「いいえ」

 五味はまたかぶりを振った。

 「えっ? そ、それって?」

 繰は五味が首をふった理由に気づくまでわずかな時間を要した。

 それは「シシャ」が暴走した前歴があることを示していたからだ。

 「使者と死者のついシステムのある海外の某地域でも死者ポジションのアヤカシが暴走したという前例があります」

 「ほ、本当ですか?」

 繰の目尻がピクリと動いた。

 先ほどから五味の会話のひとつひとつに一喜一憂させられ繰の内心は穏やかではなくなっていた。

 なぎ時化しけを繰り返す波のようにざわめいている。

 「ええ。その国では死者に該当するモノをシャドウと呼んでいます。そのシャドウが反旗を翻しさらには意図的に破壊行為を行ったそうです」

 「……存じ上げませんでした」

 「でしょうね。そしてその原因はすでに判明しています。シャドウに知恵を教唆さずけた人物がいたということです」

 「じゃ、じゃあ、誰かが真野絵音未をそそのかしたって可能性も?」

 「ゼロではないかもしれません」 

 「そうですか……」

 繰は思いあぐねる。

 海外の事象が今回の一件にそのまま当てはまるとは思えなかったからだ。

 あくまで可能性のひとつとして耳を傾けて質問を返す。

 「六角市の使者と死者はずっと均衡を保ってきました。仮に唆すような人物がいたとして具体的にどんな手法をとるんでしょうか?」

 「海外事例をあげるなら自己の存在にすこし疑問を持たせるやりかたです」

 繰はもっと時間と手間をかけた綿密な計画的を想像していたが、五味の口からとてもシンプルな答えが返ってきた。

 「自分が何者なのか? を考えたとき思考がオーバーフローしてブラックアウトするというわけですか?」

 繰からの言葉はスムーズだった。

 (そのやりかたならずっと美子のうらに居た真野絵音未がブラックアウトしてもおかしくないか?)

 「ええ。アヤカシがアヤカシ・・・・だと認識するとき害悪な存在だと煩悶はんもんするのでしょう……」

 「アヤカシの存在理由につけ入るんですね?」

 「ええ。そうです」

 五味はゆっくりとうなずいた。