「六角市は株式会社ヨリシロが大きく関わってるのに、どうして瘴気ごと六角市を封印してるんだよ?」
俺は念のために声を潜めた。
「……ん? それって誰に聞いた話?」
九久津も声のトーンを落とした、俺の意図がちゃんと伝わってる。
けど、きょとんしてそのまま首を傾げた。
「校長だけど」
俺はバスの時刻表を九久津に返すと、九久津はそれを手にとりそのまま財布にしまった。
「繰さん……? そっか~。なんか美子ちゃんも勘違いしてるんだよな。たしかに六校は六角市の結界の中心点になってるけど、六角形の面の中に瘴気を閉じ込めてるわけじゃないんだよ」
「えっ!? そ、そうなの? 守護山が瘴気を町の中に閉じ込めてるって話は?」
「それはあってるといえばあってるけど……すこしだけ解釈が違う」
「どういうこと?」
俺は内心でなんとなくその話を知っていた。
資料を読んでデジャブを感じたように本当になんとなくだ。
これから九久津の口から語られるであろう言葉も知ってる気がする。
「まず守護山が六角市内に瘴気を留めてるのは間違いない。でもそれは瘴気を集めて浄化しやすくするため」
そう、わかってる。
散らばった瘴気よりも点に集めたほうが浄化させやすいからだ。
「じっさいは市民の居住区域等を考慮して回路図のように複雑なルートで瘴気を浄化させてる」
人の生活になるべく影響を与えない手法をとってることも知ってる。
「だから市民が瘴気に障られることもすくないし。しかも六点で結んだ六角形は結界の増幅装置、つまりブースターになってるんだ。逆に面積部分のほうが自浄作用は高かったりする」
校長の話だと守護山は市内を守護るためではなく、市内に瘴気を閉じ込めて守護山より外に瘴気を出さないために封印しているということだった。
いわば六角市以外の日本を守護している、という話だ。
でも、じっさいは守護山の中に瘴気を集めて浄化している。
それによって六角市の中も守護山の外側も守護られるという一石二鳥のシステムだ。
「校長の話と真反対じゃないか。どうしてそんなに情報がバラバラなんだよ?」
「う~ん。考えられる理由はいつどこでその情報を知ったのか? ソースが違えば間違った情報をすり込まれる可能性もある。沙田、横断歩道は――右を見て左を見て、もう一度右を見て渡る。って習わなかった?」
「習ったよ。それがなにか関係あんの?」
「誰に教わった」
「そんなの決まってんだろ。親だよ」
「交通安全教室で習った。教育番組で教えられたって可能性はないか? 確実に親から――右を見て左を見て、もう一度右を見て渡るんだよ。って言葉で教えられたか?」
「えっ、あっ、いや、ああ、そ、そういわれればそうだな。……確実に親から口頭で教えられたって記憶もないし、自信もない」
あ~たしかに直接指導された覚えはないな、記憶は曖昧ってことか。
「つまりそういうこと。幼い頃に知った知識は自然と常識になってしまう。物心ついたときの知識はすべて親からの教育だというすり込みにもなる」
「そういうことか」
誰かがわざと校長と寄白さんの情報操作をした可能性もあるのか……? それって結局死者の暴走にも直結してるんじゃ……? 校長の思い込みが募ってたくさんの柵を壊したいっていう気持ちになったわけだし。
「ああ。だいいち今の六角市は六芒星によって八割ほどの瘴気の浄化に成功
してるし」
「それなら早いうちに校長と寄白さんに正しい情報を伝えないと」
「そのほうがいいけど、子どものころからの記憶ってのはそう簡単に変わらないからな」
九久津がうなずいた瞬間九久津の体がフラっと揺れた、と、同時に俺もジェットコースターがカーブを回るときのような感覚に襲われた。
な、なんだ!?
バスの外を見るとふだん見ることのない木や広大な畑があった。
一瞬目新しい景色に見惚れたけど、バスが必要以上に外側線の近くを走っていることに気づく。
今の揺れは走行路を急変更したせいか。
このバスもフラフラしてるな? そう思ってると九久津は俺に覆いかぶさるようして窓の外を見はじめた
「へ~こうやるんだ」
「なんのことだよ?」
「いや、このバスの運転手法」
「この危なっかしい運転?」
「そう。死者の一件で結界強化をしてるんだと思う」
「えっ?」
なんだろう今回の話は俺にわからない。
俺の中でもまばらにしか知識はないみたいだ。
いや違うな、なんとなく知ってる情報のときは頭が冴えた感じがした。
上手くいえないけど誰かが啓示てくれてるような……でもそれはラプラスじゃない。
「外側線を目印に結界を強める場所を決めてるんだと思う」
「そういうことか」
だから「六角第一高校前」から出発したバスもあんなにフラフラしてたのか? なんかの法則があってあんな走行方法をとってたんだ。
「それに市の政策でソーラーパネルも多いし」
九久津はこの場所には不相応なソーラーパネル群を指さした。
広大な畑の横に自然と人工が同居しているような奇妙な風景がある。
「あれもなんか関係あんの?」
「ああ。瘴気や負力を祓うには、やっぱり陽の力が不可欠なんだ。だから太陽光を集約て陰陽道から発展させてた結界術を使ってる」
「それで六角市はこんなにソーラーパネルが多いのか?」
自然エネルギーでの発電は環境に優しいからソーラーパネルをたくさん立ててるんだと思ってたけど、まさかインフラ以上に六角市を守護る役割があったとは。
「ああ」
「てか、陰陽道っていまだに役に立ってるんだな? すげーな!!」
「どんなものでもデータ量が多ければ信頼性は高まるし。むかしからの手法ってのはまさに信用の積み重ねなんだよ」
「たしかにそうだ。これも当局、というか国の政策?」
「そう。ほら、あのスーツの人も関係者だ」
九久津は前方の座席へ視線を向けて無言で合図した。
見てみろってことか? 俺は前の座席のヘッドレストに手をかけて中腰で前の座席を見た。
「どれ、あっ、あの人か?」
ダークスーツを着た人が体を完全に通路側へ向けて座っていた。
手元の動きから推察するとやっぱりなにかをチェックしているようだ。
九久津の話からするとおそらくは六角市の結界について。
あっ、あのバッジって!?
襟元に「KK」という文字の入った青いバッジをしてる。
「あの人は国交省の職員だ。KKのバッジがその印」
「そうなんだ!? 俺が六角駅にいくときのバスでもKKのバッジをつけた人がいたぞ」
「六角第一高校ルートを調査してたんならきっと国交省の幹部だろうな。死者の反乱の元凶が六角第一高校なんだし。死者との戦闘後すぐに解析部がきて六角市の結界を強めるっていってたし」
「えっ、俺は聞いてないけど……?」
なに!?
あのときすでに解析部がきてたのか。
仕事が早いな。
「沙田は熟睡してたからな」
「そ、そういや俺って爆寝してたな。あのときはラプラスとかⅡ、Ⅲで疲れたんだよ。気づけばタクシーで家まで送り届けられてたし」
「そのタクシーだって沙田の家にいく途中途中で結界を強めてたんじゃないか?」
「マジで?」
まあ、今日のように綿密に計画を練ってるんなら死者反乱の当日にも当然結界を強める措置はとるよな。
「っていってもそれは俺の憶測だけど……。沙田が送り届けられてるときに俺と美子ちゃんは治療してもらってたしな~」
「治療?ってことは救護部がきてたのか?」
「ん…? いや繰さんが治してくれたけど」
「えっ、校長?」
「そう。繰さんは【サージカル・ヒーラー】って能力者だから。そういうのもあって養護教諭の免許を取得って保健の先生もしてるんだよ」
「うそっ!?」
九久津と寄白さんの怪我を治療したのは救護部じゃなかったのか? けど校長って能力者だったんだ。
九久津と寄白さんのあの傷をこの期間であんなにきれいに治すなんて、その能力も能力でスゲーな。
でも校長って保健の先生とか社長とか掛け持ちしすぎ!?
体もたないだろ? まあ、じっさいに保健室で治療するための保健の先生は別にいるけどさ。
……校長大丈夫か? 疲れてないか? ……違う、これは俺の感情じゃない。
感情が混線してる。
な、なんだ……ラプラスの副作用? 特異体質が消えた反動か?
「俺と美子ちゃんが継承ぐまでは兄さんと繰さんがバディでアヤカシと戦ってたからな。それに繰さんだって寄白家の人間だ」
そうだったんだ。
九久津の兄貴と校長はそういう関係でもあったのか。
それなら校長が九久津の兄貴に特別な感情があってもなおさら不思議じゃない。
あれっ!?
なんか恥ずかしい……まるで校長が俺を好きみたいな感覚。
どうなってんだよ、俺? なにかの勘違い……。
「そっか」
「ただ兄さんが死んでからバディも解散したけど。……兄さんのことはもう聞いてるんだろ?」
「えっと、いや、そんな詳しくは……アヤカシとの戦いで亡くなったくらいしか聞いてない」
校長のくれた資料の中に九久津に関する【Aランク】情報があったことは黙っておこう。
「そのとおりだよ。上級アヤカシのバシリスクに負けたんだ」
「そ、そうなんだ……」
俺はこれ以上その話題を広げられなかった。
九久津は気を紛らわすためなのか、物憂げにスクールバッグを広げた。
おもむろにパウチをとり出してグミを一粒口に放り込む。
【ナスのヨナナス味 カプセルグミ~砂肝エキス入り~】
はうっ!?
九久津、またもやこしいナスナス感満載の名前の健康食品を食べてる。
まだトラウマは消えないか……。
なんとなく心が俺に戻ってきた感じがする。
「なあ、それって美味しいの?」
「健康補助食品に美味しいもなにもないよ」
そこは理解してるんだ。
九久津はトーンを弱めてそっけなく答えると、この状況を避けるようにグミを噛んでいる。
「じゃあ俺も味見にひとつ」
俺が手のひらを出すと九久津は――わかった。とパウチの中から数個のグミを手に乗せて選んでいる。
そんなに一生懸命選ばなくても、そんな「アタリ」「ハズレ」があんのか? 九久津は市場でセリでもするように一粒一粒を宙にかざして丁寧に見比べていた。
初値十万越えのメロンか? 朝市のマグロか?
「じゃあ、これ」
九久津は俺の手のひらに勢いよくかつ優しくポンっと置いた。
「サンキュー!!」
俺はそれを奥歯で噛んで味わってみたけど別にふつうのグミだった。
まあ甘さ控えめで体には良いんだろうけど。
あっ、なんか遅れて苦みがやってきた!!
これは砂肝エキスだな、み、味覚が優柔不断だ!!
九久津となんだかんだやってると終点のバス停が見えてきた。
運転手はテレビ固定具を修理したロスタイムさえも見事にリカバーして時刻通りに終着駅へと到着させた。
このときの乗客はもう俺と九久津と国交省の職員だけだった。
九久津と話していて途中で降りていった人のことはあまり記憶にないけど、ゆいいつあの【黒杉工業】という作業服を着た頬に黒子があった人のことだけは覚えている。
そのときもやっぱり不機嫌だったな。
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