第63話 メギド


「着いたぞ」 

 早っ!? にしても……。

 「スゲーでかい木」

 「これは千歳杉ちとせすぎ

 「杉なのか、この木……」

 俺はあまりの大きさに思わず見惚みとれていた。

 「ああ」

 九久津はいいながら開きっぱなしだった手の親指を曲げたあとに人差し指から小指までを順番に折り曲げて拳を作った。

 亜空間はカメラのレンズを絞るように九久津の手の動きに連動してゆっくりと閉じていった。

 曇りガラスのような幕は霧が晴れるようにすーっと消えた。

 俺の目の前で天辺てっぺんが見えないほど巨大な樹が俺と九久津を見下ろしている。

 どこかクリスマスツリーに似たその木の幹はセダン車を横に二、三台分ならべたくらいの太さでそこに注連縄しめなわと稲妻のような形のジグザグした紙が巻かれていた。

 木の肌は瑞々しく生命力ってこういうことだって思う。

 は~。

 なんか元旦のときの六角神社のような感じで身が引き締まってくな。

 俺はこの現状を把握しようとうしろを振り返る。

 

 数十メートル先は断崖絶壁だ、崖の先端でいったん景色が途切れてそこに横に一本の線を引いたようになっている。

 その先は木々の密集した緑の景色で、地図上の一点にしか見えないけど俺たちが降りたバス停もある。

 ってことは俺と九久津が今いる場所は、さっき俺が下から見上げた丘? 途中で景色が途切れたように見えてるのはこの丘と林との高低差だよな。

 

 俺たちはあんな場所からここまでショートカットしてきたのか? 何気にすごい能力だな空間を操るって、今はもうふうつ・・・の空間に戻ってるけど。

 「この木は弥生時代から約千七百年分の希力を蓄積した御神木ごしんぼく。だから年の月を経た千歳杉ちとせすぎって名前なんだ」

 九久津が学芸員のように説明した。

 どうりで浄化作用があるわけだ。 

 九久津の髪が風になびいている、丘の上は高地だから風が強いんだろう。

 「へ~千歳杉ね~」

 幹に巻かれているジグザグした紙がバサバサと音を立てて鯉のぼりみたいにそよぎはじめた。

 みんな同じ方向に泳いでて本当に鯉のぼりみたいだ。

 「こういう紙になんの意味があんの?」

 俺はすこしビビりながらもその紙の端をつまんでみた。

 これは手で触れちゃいけない系な気がする。

 九久津が俺の側まで寄ってきた。

 「これは紙垂しでっていう特殊な紙で聖域のを示してるんだ。ちなみにこの紙垂の製作者は雛ちゃんのお父さんだから」

 「あっ、そっか。六角神社の宮司さんだもんな?」

 「そう。物に思念を注ぐ能力者」

 「……ん。宮司さんも能力者なの?」

 「そう。【付喪師つくもし】と呼ばれる能力者。たとえば美子ちゃんのリボンの梵字ぼんじとかね」

 「あっ!? あのリボンもそうだったんだ。親子二代で能力者か?」

 「厳密には先祖もなにかしらの能力者だと思うけど」

 「それは資料に載ってなかったな」

 「繰さんはアヤカシをメインにまとめたから能力者についてはあまり触れてないんじゃないか?」

 そ、そうだった。

 あの資料って校長の嗜好が入っててかなり偏ってるんだった。

 九久津のことを明かしすぎ……。

 「あっ、そっか……。てか資料読み終わったから破棄しょぶんしないと」

 俺はスクールバッグからおもむろに資料を出した。

 会話の流れでつい手にとったけど、ここで破棄する方法なんて思いつかない。

 俺の手はあてもなく宙をさまよう、どうしようかな? 日直になってプリントを集めたはいいがそれをどこに置いていいのかわからない生徒みたいになってる。

 いや、じっさい俺もこの前そのパターンになったけど。

 「ああ。じゃあ、俺がやっとくよ」

 九久津はさっきのように右手の拳を強く握りさらに力を込めた。

 {{アミキリ}}

 握り拳が徐々にブレて手の先がふたつに分岐していった。

 グーの形が左右で真っ二つになっている。

 左の盛り上がった部分が徐々に尖っていく、同じように右の部位も尖っていった。

 しばらくすると右と左の部位ひとつひとつがナイフのように変形しそれがふたつに噛み合い、ちょうど枝切りばさみのような形になった。

 「沙田。資料を投げて」

 「ああ。わかった」

 九久津のこの右手の状態はアヤカシを召喚して部分憑依させたってことだよな。

 俺は資料を九久津の手元に目がけて手裏剣のように投げた。

 九久津は資料が飛んでく方向に合わせて腕の角度を変える。

 ――シュシュシュシュ。

 紙の切れるなめらかな音がする。

 九久津の手によって資料は細かく千切ちぎられていった。

 シュレッダーにかけるのとなんら遜色なく、資料は今も面積を減らしている。

 九久津は美容師のようにあらゆる角度から資料を切り刻む。

 風が紙吹雪のような紙を舞い散らそうとしたときだった、九久津はその紙屑に対して左手をかざした。

 {{つるべ火}} 

 細かくなった資料は綿が燃えるようにジュワっと一瞬で燃え尽きた。

 おお、スゲー!!

 紙きれのひとつも燃えカスのひとつも残ってない。

 あらためて九久津の召喚能力のすごさを実感する。

 「今の火は遠隔召喚か?」

 「ああ、そう。これで完全消去だ」

 「サンキュー」

 これで資料を破棄すてる手間が省けた、と思いつつふと空を見上げた。

 この丘は見晴らしが良くて空が近い感じがする。

 まあ物理的に考えても市内より標高が高いんだから当たり前なんだけど。

 あっ!?

 「ゆ、UFOだっ!?」

 

 つい口に出してしまった。

 俺はときどき空の奥に謎の光を見る、つまりはUFOだ。

 今も青空にいくつかの発光体が飛んでるのを発見してしまった。

 規則的かと思えば不規則に空のあちこちを高速移動してる。

 意図的に明滅を繰り返してるのかもしれないとも思う。

 もしかしたら地上にいる誰かへのメッセージとか?

 「はっ? どこ?」

 九久津は五本指に戻った手を「ヘ」の字にして額に当て、左右に首を振って空にUFOを探してる。

 

 「どこ?」

 九久津はまた首を小刻みに振っている。

 どこっていっぱい飛んでんじゃん!?

 まさか九久津には見えないのか?

 「見えないか? あの辺り」

 俺は、今まさにUFOが飛んでる方角を指さした。

 「ああ、まったく見えない」

 九久津は眉をひそめた。

 マジでいってんのか?

 おかしいな? 九久津ならなんとなく見えると思ったんだけど。

 いや、見えなきゃおかしいくらいに思ったのに。

 ふつうに飛んでんじゃん。

 {{百目ひゃくめ}}

 九久津の両目の周りがなにかで縁取られていった、その中をかすみのようなもやが包んでいる。

 新しいアヤカシを目の周りに部分憑依させたってことか。

 「ダメだ。見えない、もっと視野を広げるか」

 {{目目連もくもくれん}}

 九久津の両目を包むもやがアメーバ状に広がっていく。

 てか、あんな場所にも部分召喚できるんだ。

 「沙田。やっぱりなにも見えないぞ?」

 九久津がアヤカシを召喚しても見えないってことは、やっぱりあれは俺だけにしか見えないのか?

 「そっか。どういう理由かわからないけど俺だけに見えてるものなのかも。むかしっからときどきUFOを見ることがあるんだよ」

 九久津は俺の声が聞こえてないようで、なんの返事もなかった。

 「……虫……ウ……ヒ……」

 ……今、なんかいったよな? 九久津は言葉にならない言葉をつぶやいた。

 でも、そのあともまだ空を見たままで微動だにしない。

 九久津はその態勢で固まってしまったように立ち尽くしていた。

 ……ん? どうしたんだ?

 「九久津。なんかいった?」

 「いや、なにも。俺には見えないみたい……だ」

 ようやく九久津の声がきこえた。

 たしかになんかつぶやきが聞こえたような気がするんだけど。

 もしかして――見えねー。的なのを無意識にいったのか? それを俺が勝手に重要な言葉っぽく脳内変換しただけかもしれない。

 九久津の両眼の周りは人間本来の形へと戻っていて霞が完全に消えていた。

 

 「だな」

 九久津が会話を閉める。

 「そっか。今も飛んでるんだけどな。UFOってアヤカシの可能性はないのか?」

 「まさか。そんな話は聞いたことはないな。あっ!? クリッターか? でも……」

 えっ!? 

 九久津、正体知ってんの?

 「なんか心当たりあんの?」

 「大気圏に住むといわれる生物でフライングヒューマノイドやスカイサーペントの正体といわれるUMAだ」

 UMAか? でも、あの光はそんな生物チックじゃないんだよな。

 「たぶん違うな~。俺が見てるのは光の粒だけど、もっと機械的でそれこそ小さめの円盤なんだよ」

 「じゃあクリッターの可能性は低そうだな」

 「なら。一期のDVD・BDえんばんが爆死して二期つぎへの希望が絶たれた一期の怨念が成仏うかばれずに浮遊いちゃったとかじゃないのか?」

 「さ、沙田」

 九久津は今まさに新大陸発見した冒険家のような顔で固まっている。

 そこまで驚くことか?

 

 「なにをいってるのかさっぱりわからない?」

 九久津はそういうと、俺が今までに見たことのない表情をした。

 俺が転校してきてからここまで唖然とされたのは初めてかもしれない。

 赤ちゃんが初めて手品を見たときの表情に似てる、心の底から驚いたって感じ?

 「そ、そうか……。き、気にすんなアニメの専門用語だ」

 俺がだいぶスベったみたいになった。

 九久津ってアニメ観なさそうだもんな。

 けど、考えてみれば夜でもないのにUFOが見えるってのもおかしいな。

 ふつうなら夜空の暗闇に点々とした光が見えるはずだ。

 あれはまるで明け方の薄れていく月のように薄っすらとしている。

 しばらくすると九久津の困り顔はもとに戻っていた。

 「まあ、いいや。さあ、いくぞ忌具保管庫いみぐほかんこに」

 九久津は俺をかせはじめた。

 わからないものはわからないってことでいいか。

 世の中なんでもかんでも答えがあるわけじゃないし。

 「いみぐほかんこ?」

 俺は、その言葉をそっくりそのまま発していた。