第64話 忌具保管庫(いみぐほかんこ)


「そう。まわしい道具を保管する場所。それが忌具保管庫」

 「忌具保管庫って、そういう意味か」

 九久津は千歳杉の真横を見ている。

 でもそこはなにもない場所でただの丘の一端いったんだった。

 「そんな建物がどこにあるんだよ?」

 俺も辺りを見回してみたけどやっぱりなにも見当たらない。

 丘から視線を外せば、奥にある守護山山脈群たちとさっきから空をうろついてるUFOしか見えない。

 円盤は今もチカチカと光を増減させながら優雅に空を浮遊している。

 千歳杉の脇のなんの変哲もない一画が突然洗濯槽のようにグルグルと螺旋を描いて歪みはじめた。

 えっ!?

 な、なにかが起こってる。

 九久津は恐れることもなくそこに向かってゆっくりと歩いていった。

 とある場所でピタっと立ち止まると、どこからともなく放たれた赤い線が九久津の上半身から下半身にかけてスキャンした。

 光の警備員? 赤外線かなんかだろう。

 九久津は侵入を許されたのか、もう検査されている様子はない。

 

 景色と一体化していたある場所が音もなく自動ドアのよう左右真っ二つに割れた。

 空、山、木、草、花そんな自然の風景でカモフラージュしていた扉が右と左に留まっている。 

 な、なんだ? こ、これがその忌具保管庫ってやつか?

 風景というバリアに包まれていた建物の中にもう一枚鉛色なまりいろの頑丈そうな扉があった。

 九久津がなにか言葉をボソボソとつぶやくと、鉛色の扉も表扉と同じで左右に開いた。

 「さあ、入って」

 俺は九久津にうながされてあとにつづく。

 「ああ」

 俺がその場所に足を踏み入れた瞬間外の自然とはまるで違う空気を感じた。

 なんだこの重い空気? あんまり良い空気感じゃないな。

 千歳杉の前にいたときとはえらい違いだ。

 「ここが繰さんが見学してこいっていってた場所で俺の家の一部」

 「えっ、ここって九久津の家なの?」

 「そう」

 九久津がうなずくと同時にひとりでに扉が閉まった。

 まるで九久津の意思を理解しているようだ。

 「まあ、調度品なんかは居住区にあるけどさ」

 「へ~。でも、ここで生活してるわけじゃないんだ。んでここはなに?」

 俺は自分のキメ角度からさまざまに顔を動かして部屋全体を見回してみた。

 古びた木製の棚には年代物の書籍類なんかが山積みになっている。

 時代劇なんかに出てくる帳簿みたいだ。

 床にはまるで捨てられたようにジャンクアイテムも置いてある。

 いや、ほんとに捨ててあるのかもしれないとさえ思った。

 他には子どもがふたりくらい入っても、まだゆとりがありそうな錆びた箱もある。

 あとは聖書なんかに登場しててもおかしくない雰囲気の鏡。

 西洋風の洗練されたデザインで細かな彫刻がきれいだ。

 俺が見たかぎりだとかすかにアルファベットの「A」と「C」という文字が読みとれた。

 「A」と「C」か。

 じゃあそのあいだの「B」は消えちゃったのか? 年代物っぽいしな。

 単純に考えて「A」と「C」ならあいだは「B」で「ABC」ってならぶよな? ふつう?

 「ここは忌具保管庫。世界中に数多あまたあるいわくくつきアイテムがレベルごとに保管されている建物だ」

 九久津はそういって背負っていたスクールバックを床に放った。

 ドスッとまるでサンドバッグを殴ったような音がした。

 「曰くつきアイテムって?」

 「たとえば種類別なら妖刀ようとう魔境まきょう魔壺まこ。単体で有名な忌具ならスーサイド絵画、破滅椅子、呪術人形、シリアルキラーのデスマスクなどがある」

 「いわゆる呪いのアイテム的なもの?」

 絵画とかって詐欺師の売り物じゃねーのかよ!?

 って俺はなんて偏見を持ってんだか。

 けど、心のどっかで詐欺師なんて死ねばいいと思ってるのもたしかだ。

 「世間一般の認知度ならそういうこと。負力ってのは物にも宿るんだよ。たとえば血を吸って極限まで怨みを溜めればそれはとてつもない妖刀になる。中には上級アヤカシを凌駕りょうがするほどの忌具もある」

 「そ、そんな危険なものまで?」

 「だから繰さんが見学を勧めたんじゃないか? アヤカシ以外でも敵になりそうな物を見てこいって」

 「そ、そうなんだ? けど能力者って単純にアヤカシだけを退治します。みたいに思ってたわ」

 「世の中そんな単純じゃないんだよ」

 九久津のその一言はスゲー重みがあった。

 そして九久津の背負うトラウマが俺の頭を過る。

 「ここの忌具保管庫は五階層のレベルファイブに分かれてて、今、俺たちがいるのがレベルゼロ。ガラクタだけのフロア」

 九久津は部屋を一周するように指さした。

 「じゃあここにはたいした物は置かれてないのか?」

 そういう話を聞くとどれもぜんぜん危険なアイテムだと思えなくなるから不思議だ。

 人間って案外単純だな。

 「ああ。地下へと潜るごとに危険度は増していく。ここから一階下にくだってレベルワン。その下がレベルツーと順に増えて最後がレベルファイブのフロア。つまりここから五階下に最凶さいきょうの忌具が保管されている」

 「そんな地下深くまで……」

 「それだけ危険なんだよ。現在レベルファイブの忌具保管庫が稼働してるのは日本、アメリカ、フランス、イギリス、イタリア、ドイツの六ヶ国」

 「世界には百カ国以上の国があるのにたった六ヶ国なのか?」

 「ああ。これは国連の決議で採択されたことだから」

 こ、国連って社会の授業でもテレビでもよくきくあの国連だよな? まあ、アヤカシは世界中にいるんだから、それを世界レベルで対応するなら国連が関係してるのも当たり前か。

 「マジか~?」

 「まあ、俺らが忌具保管庫の最下層まで降りることはないから安心しろ。レベルワンより下にいくのにも寄白家、九久津家うち、真野家、三家の許可もいるし。レベルファイブにいたっては当局つまり日本くにの許可も必要だ。だから今はせいぜいここのガラクタを見物するくらいだな」