第7話 昼休み


昼休み俺は独りでいた。

 転校初日なんだから当然だ。

 他の生徒たちは仲間うちで弁当を食べている。

 現時点で、ほぼ部外者の俺から見るとはっきりとグループ分けがわかった。

 男子に比べて女子は集団行動が好きなようだ、何人かが集まってからようやく行動を開始する。

 そしてクラスの大半は教室にいないこともわかった。

 朝職員室で教えてもらったことだけど「六角第一高校」の昼休みは比較的自由で図書室や体育館など開放された場所でならどこで過ごしても良いことになっている。

 こと細かな禁止事項はあまりなくて教室に残っている生徒はクラスの半分にも満たないだろう。

 転校初日だ、まあ、こんなもんか……。

 

 俺は弁当ケースからステンレス製の弁当箱をとり出して机の上に置いた。

 はっきりいってうちの母親は料理が下手だ。

 したがってどんな中身が出現するのかわからない。

 開けてからのお楽しみ。

 福袋かっつーの!?

 両目をつむり一呼吸置いてからいっきにふたを開く。

 たのむアタリ出ろ!! 

 おそるおそる片目から開いていく。

 ……くそっ、醤油にひたした海苔と白米のみか。

 俺の弁当は米の上に一口大ひとくちだいの海苔が八枚ほど敷きつめられているだけだった。

 他のおかずは見当たらない、とはいえこれでも、まあ、アタリの部類に入る。

 そのむかし弁当箱にシリアルを入れられ二百ミリの牛乳を付属されたこともあった。

 俺が転校初日だということで「置き」にいったな。

 母よ、あまり攻めなかったな勝負を避けたか、けど、まあ、これなら良しとしよう。

 そう思いつつ俺が青いプラスチックの箸を持ったときだった。

 机上の水平線に飛び出すアホ毛を見つけた。

 静寂せいじゃくの草原に咲く一輪の花のようだ、って俺はどっかの吟遊詩人ぎんゆうしじんか? だいたい吟遊ぎんゆうってどういう意味だよ? 金融きんゆうの下位互換か? ダ、ダメだ、下位互換なんて、そんな機械的マシーンなことを思ってる場合じゃねー。

 日の出のように人の頭がだんだんと浮かんでくる。

 頭部を守る衛星のようにアホ毛の本数も増えていった、そしてついに両端の触覚が姿を現す。

 これはラスボスの登場シーンか? あっ、頭の中で勝手になんかの重低音BGMが流れてる。 

 はうっ!? め、目と目が合ってしまった、瞳の中に星がある。

 なんか見慣れた瞳孔……。

 朝見た瞳孔、だ、よな、……。

 よ、寄白さんか? この娘はなんて自由なんだ。

 「……あ、あのなにか?」

 俺の箸を持つ手は箸先がクロスしたままで海苔を掴みそこねて固まっていた。

 俺はいったん弁当箱の上に箸を置く。

 寄白さんは白いリボンで髪型をサイドテールに変えていた。

 机に両手をついたまま顔を三分の二ほど出したところで上昇をやめた。

 水平線の日の出のような……机平線きへいせん(?)の寄白さん。

 そのポジションからなおも視線を投げかけてくる。

 な、な、なんだ? 捨て猫が両手で段ボールを掴むような格好をしている。

 そんな目で見ないでくれ~。

 こ、これは俺の海苔弁を憐れんでるのか? そ、そうに違いない。

 ――こいつ転校初日から海苔弁かよ。ショボっ!! しかも醤油多くてベタってる、ウケる~。って目だ。

 寄白さんは一時停止の状態からふたたび上昇をはじめた。

 そしてついにすべての輪郭が露わになった。

 右に三つ、左に三つの十字架のピアスが相変わらず目立っている。

 ピアスは規則正しく振り子のように揺れていて十字架同士がじゃらじゃらとぶつかった。

 「沙田さん。そのお弁当は幕の内弁当ですね?」

 どう見ても手抜きの海苔弁だけど。

 幕の内弁当といえばこの海苔弁と違って弁当界のGAFAガーファだ。

 い、いきなりディスられた。

 こんなかわいい顔と声と仕草で、な、なんてドSな……。

 ただ今朝の九久津への接しかたでうすうすは気づいてたけど。

 「いや、これは海苔弁だけど……」

 「……もうすぐ幕の内弁当のが切って落とされます」

 「はっ?」

 「海苔弁のりべん法面のりめんも崩壊いたします」

 「えっ?」

 「足の小指専用の防具があれば売れると思われませんか?」

 「えっ!? え、え、え~と、そ、それはどういう意味で……?」

 謎の問いを畳み掛けてきた寄白さん。

 スフィンクスか? なんの意味があってそんな……って、ただの不思議っ娘だしな。

 意味なんてないのかも。

 「タンスの角にぶつけるのは必ず足の小指ですよね? 親指のほうが上に出ているのにおかしいと思われませんか?」

 「おう、それはたしかに!?」

 それは一理あるが、この娘はなにをいってるんだ? 私が日常で見つけた大発見を聞いてくれのコーナーか? だがよく考えろ、小指は足の外側にあるんだぶつけやすい場所じゃないか。

 けど足の親指のほうがいちばん先端にあるんだ、親指だってぶつける可能性はあるぞ。

 でも、じっさい俺も足の親指はぶつけたことはない。

 ただ世界中を探せば足の親指をタンスの角にぶつけたことのある人間くらいいるはずだ。

 だ、だけど、これって? クラウドファンディングで募集かければ商品化までいけるんじゃね? 【あなたの足の小指をタンスから守る”小指ガード”】。

 って俺はなにを考えてるんだ。

 「あっ、美子ちゃん、その髪型の時は好奇心旺盛なんだよ~」

 教室のうしろからイケてる声がした。

 五百ミリのミネラルウォーターを持った九久津だ。

 やはり声もかっこいい、うらやましいぜ。

 九久津はただペットボトルを持っているだけなのに、なにかの清涼飲料水のCMのような爽やかさだった。

 そのまま海やプールを背景にして商品名を叫べばCM成立じゃないか。

 

 「えっ、あっ、そ、そうなんだ?」

 俺は寄白さんよりも九久津の行動に興味が移った。

 その水はどうやら一階の売店で買ってきたみたいだった。

 九久津はそのまま自分の席に座ると机の中からシェイカーをとり出してミネラルウォーターを注ぎはじめた。

 どくどくとシェイカーに水が溜まっていく。

 さらに机の中からとり出した緑色の粉末の入った小袋パックを開封して入れた。

 もう一袋別のパウチもとりだして中にあった謎のカプセルも放り込む。

 九久津はそのままバーテンダー持ちをして勢いよくシェイカーを振った。

 シャカシャカと気持ちの良い音が鳴っている。

 シェイカーの中では新鮮な気泡がプツプツと弾けていた。

 九久津はつぎに竹籠たけかごに入ったオーガニックのナチュラルパンっぽいのをひとかじりした。

 「美味しい」

 どんなこだわりだよ!?

 憑依体質の胸チライケメン設定のうえにさらに健康オタクのキャラオプションもつけるぞ? いいのか!?

 俺は忘れていた寄白さんへと視線を戻す。

 てか、九久津のいってた寄白さんのその・・髪型って? サイドテールのことか。

 ということは髪型で性格が変化するのか? それはそれでめんどうかも。

 ツインテールはお嬢様でサイドテールのときは不思議っ娘? ら……しい……な。

 朝のホームルームのときはツインテールでも不思議っ娘だったけど。

 「どうして扇風機に左回りはないのでしょうか?」

 寄白さんはさらに日常の疑問の上乗せをしてきた。

 俺の解答こたえを待ってるのか?

 「ああ。たしかに扇風機は時計みぎ回りだね」

 「そうでしてよ」

 またまたどんな発想だよワンダーガール!?

 まあ、扇風機の件は納得だけど。

 そ、そうか!? 

 サイドテールのときはツインテールのときよりもワンダーレベルが格段に上なんだ!!

 あっ!? 

 俺が寄白さんと九久津に気をとられてるうちに弁当の海苔がヘニャヘニャになってる。

 こ、これが海苔弁のりべん法面のりめんの崩壊なのか? って、こんなうっすい弁当に傾斜なんかねーよ!? 

 誰がうっすい弁当じゃい!!

 くそっ!? 

 自己完結してしまった。

 ……ん? 法面のりめんってじつは海苔の部分めんの「海苔面のりめん」って意味か、あ、当たってしまった。

 海苔が完全に崩壊してる。

 寄白さん恐るべし。