第81話 ジャンヌ・ダルクからの報(しら)せ


「校長この場所に国交省の近衛さんという人がきているんですけどわかりますか?」

 俺はうまく距離感がつかめずとおくにいるような校長室ここにいるような不思議な感覚だった。

 まあ、この世界にもうひとり自分おれがいるのが原因なんだけど。

 どうやら俺は双方向で別々の会話ができるらしい。

 これは自分でも驚きの発見だった。

 「えっ、近衛さん?」

 校長はハッとした表情をみせた。

 その感じから察すると誰それ?って顔じゃなくてきっと知ってる人だ。

 「内閣府内でアヤカシ対策とり仕切るひとりですね」

 校長よりも社さんのほうがさきに答えた。

 社さんも当局の事情に詳しいな、って当たり前か寄白さんと九久津と一緒にアヤカシと戦ってるんだから。

 「そっか~今、近衛さんが六角市にいるのか」

 校長はすこしだけ肩の荷が下りたように安堵あんしんしてゆっくりと息を吐いた。

 良かった、多少だけど落ち着いたみたいだ。

 近衛さんがいることでこの状況がなんとかなるかもしれないって思ったんだろう。

 国交省って肩書もだいぶ役立ってるよな。

 ただ、また校長を落胆させてしまうことをいわなきゃいけない。

 ダメージは大きいと思う……でも、黙ってるわけにはいかない。

 腹をくくって現場の状況を伝えないと隠していてもしょうがない。

 

 「……あと校長、いいにくいんですけど?」

 「えっ、なに?」

 「九久津がバシリスクと亜空間に消えたって」

 ズバっといったほうがいい。

 その悲報に校長より早く反応したのはまた社さんだった。

 ――えっ? どうして。と口をつく。

 今まで、しずかだった社さんが動揺していた。

 でも、すぐに冷静を保って涼しい顔になった。

 意図的に心を悟られないようにしたみたいだ。

 「どうしてそんな場所にいるの!? しかも、よりにもよってバシリスクと一緒だなんて!!」

 校長の大きな声は社さんのささやくように、か細い二回目の――どうして。を通り越していった。

 「校長。今日、九久津って模試だったはずじゃ……」

 「模試? いいえ。すくなくとも六角市近辺で公の試験なんておこなわれていないわ」

 「数式の答え合わせっていってましたけど。なんか証明がどうのこうって」

 「証明? なんの……? 九久津くん他に具体的なこといってなかった?」

 「いえ、まったく。ただ九久津は毎朝数学かなんかの勉強してるんですけど、今日にかぎっては九久津のノートには“新月”“limエルアイエム”“キュー.テンイー.テンディー”ってたった三つの単語だけで終わってました。なんか関係ありますか?」

 「えっ、ノートに? 新月? 明後日が三日月だから……逆算すれば新月って今日よね?」

 社さんは校長の言葉にピクっと反応し、うつむいていた顔を上げてぱちぱちと瞬きをした。

 長い睫毛まつげがどこか不安そうな表情を際立たせている。

 「数学でlimリミットは極限。Q.E.Dキューイーディはクオド・エラト・デモンストランドゥム。つまりは証明終了です……」

 社さんの言葉で校長は急激に黙りこんだ。

 やっぱり証明じゃん。

 九久津はたしかに証明っていってたし。

 けど証明終了ってなんの?

 「……」

 さらに事態が混沌こんとんとする中このピリつく空気を裂くように固定電話が鳴った。

 ふだんの生活なら気にしない生活音の一部なのに、この電話の音は甲高い警告アラームのようだった。

 校長は反射的に受話器をとる。

 「はい。六角第一高校校長の寄白です」

 はっきりとした口調で身分と名前を名乗った。

 『もしもし繰?』

 受話器からはサバサバとした女の人の声がもれてきた。

 「あっ、ヤヌ? 待ってたのよ。昨日フランス当局に連絡したんだけど」

 『繰。あなたが聞きたかったことに率直に答えるわ。私たちフランス当局がバシリスクをとり逃がした理由。それはゴエティアの悪魔とバッティングしたからよ。数体の悪魔がまるでバシリスクを護衛するようにとり囲んでいたの』

 「あ、悪魔……ですって? ……そんな……」

 『本当よ。だから私たちは悪魔たちを優先的に退治した。あの瘴気は模擬体じゃないわ。なんの目的かわからないけど悪魔本体と契約した誰かが遣い魔つかいまにしたのかもしれない?』

 「遣い魔? しかも本体契約?」

 『きっとバシリスクの近くに契約者がいるはずよ』

 「そんな。ここにきてさらにそんな事態になるなんて」

 『繰、よく聞いて。過去に日本以外でバシリスクを退治できたかもしれないチャンスは三度あったの。うちフランスと他国。でも三度も倒し損ねた。すべては悪魔による阻止。もしかしたら遣い魔が各国の能力者を阻止するためにバシリスクを護衛していたのかもしれない』

 「な、なんのために?」

 校長は切羽詰まったようだった。

 『それはまったく見当もつかない。私があと知っている情報があるとすればバシリスクは新月にいちばん活発化すること』

 「ヤ、ヤヌ、新月って今日よ!? バシリスクが現れたの? 他になにかバシリスクの特性みたいなものを知らない?」

 『えっ? 日本にバシリスクが?』

 「そうよ。ほんのついさっき!! 当初の出現予測は今日から二日後の予定でまだ世界に情報を発信する前に日本に現われたの」

 『急襲?』

 「もしかしてバシリスクが活発化したせいで進行状況がずれたとか? でも冷静に考えても解析部の結果が二日ずれることはありえないか? 升教育委員長も誤差数分っていってたし。だとすれば……」

 校長はヤヌダークの声が聞こえないのか声を抑えめに自問自答していた。

 でも理論的に考える冷静さはとり戻したみたいだ。

 「あっ、ごめんヤヌ、そう、そんな状態」

 『……バシリスクが前いた場所に戻ったという前例は聞いたことがない。でもアヤカシにも帰巣本能を持つ個体がいるでしょ? バシリスクにはそれが日本だったのかもしれない。日本になにか執着があるのかも……。あくまで憶測だけど』

 「日本に……なんのために?」

 『……こんなことをいうのも酷だけど……』

 「いいえ。ヤヌがいいたいことはわかった。堂流ね?」

 『ええ。じっさいのところどうしてあの事件のあとにバシリスクがヨーロッパに出現したのかも謎だし』

 「そうよね。突然日本から移動したってことだものね」

 『ええ。私が今、いえるのはこれくらい』

 「ううん。ヤヌ、十分ためになったわ」

 『繰、“日本でバシリスクが退治”されたっていうWebの更新待ってるわね? 上級アヤカシ討伐は世界の目標だから』

 「ええ」

 校長はそうして受話器を置き、どんな思いかはわからないけどうつろに天井を見上げている。

 

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