俺と近衛さんは周囲の変化や足元に注意しながら静かになった亜空間に向かって歩いている。
闇の中に靴音だけが響く。
俺は沈黙が嫌で話題を探す。
「あの、さっきの一条さんって人は誰ですか?」
「一条? ああ、彼は外務省の人間だよ」
彼ってことは? 男か?
ディメンション・シージャーは男。
「外務省ですか?」
「そう。早くいえばわたしと同じ役人だ」
そっか、近衛さんが「KK」のバッジをした国交省の役人だもんな。
一条って人は外務省の役人か。
政府には近衛さんレベルの能力者は多いんだろう。
国立病院に出向してる厚労省の医師って人も同等の強さな気がする。
「あの~、その一条さんも救偉人ですか?」
「ああ、そうだ。ただ、さっきいった厚労省の同期は救偉人を辞退しているがね」
「じ、辞退なんてできるんですか?」
辞退するってなんでそんな名誉なことを? 医者で救偉人なら無敵なのに。
「ああ。できるよ。救偉人ってのは対アヤカシに秀でた人間に勲章を授与するってだけの話だから」
「そうなんですか?」
「そう。だから能力を持たない救偉人だっているし。他に勲章の同時受賞なんかもある」
「えっ!? 救偉人って特別な能力者の九人にだけ【臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前】の称号が与えられるんじゃないんですか?」
「まあ、それは正しいといえば正しい、が、救偉人は基本的に毎年春と秋に九人ずつ選出される。つまり一年で十八人だ。そうなると単純計算で年に十八人の救偉人が誕生することになる」
「そ、そうなんですか? 国内に九人だけが存在しているんだと思ってました」
「それじゃあ人口比率に対して救偉人があまりにすくなすぎる。救偉人のバッジはそれなりの権力を与えられているんだ。多すぎてもすくなすぎてもいけない」
「あっ、よく考えればそうですね」
「ここ六角市では今までふたりの救偉人を輩出している。それこそひとりは九久津毬緒の兄。九久津堂流」
えっ、九久津の兄貴が……!?
そうだったんだ。
やっぱりすげー人だったんだな。
「もうひとりは国立病院に勤務する只野医師。彼は六角市出身の救偉人ではあるが非能力者。だが魔障に対する真摯な研究を認められて勲章を授与された稀有な例といえる」
「へ~」
なんか意外だ。
強い能力者のみが優遇されるのかって思ってた、って俺って単純だな。
バスの運転手とかを治療する人も大事なことだよな。
あの魔障が治るなら一般の協力者の人も心強いだろうし。
強さだけを求めるって武道家の世界じゃないんだから。
むしろアヤカシを倒す強さよりも大勢の人を救うのが医療のほうが求められてるのかもしれない。
……そうだよな。
俺の目も魔障が原因だっていわれてすこしホッとした。
それは原因不明の現象に怯えるより治療でなんとかなるかもしれないって一言があったらからだ。
理由がわかるってスゲー希望だ。
反対に理由がわからないってことほどの恐怖はない。
「さあ、おしゃべりはここで終わりだ」
近衛さんは姿勢を低くして、小刻みに視線を揺らしさきをいく。
「あっ、はい」
物音ひとつしない亜空間に近づくにつれて俺はその亜空間の大きさに驚かされた。
こんなに大きな空間だったんだ。
どこかの映画で見た大型怪獣の卵のようでこの静けさが逆に怖くなる。
突然なにかが襲ってきそうな緊迫感。
それでもただの瓦礫にしては比較的きれいだと思った。
亜空間のいたるところが蜘蛛の巣状にヒビ割れていて、まるで崩れた映画のセットのようだ。
大きな裂け目から亜空間の中に入ると焦げ臭いニオイが充満していた。
床には途切れ途切れだけどなにかが這ったような黒い跡がくっきりとある。
まるで蛇が蠢いてたかのような跡。
きっとバシリスクの動いた経路だろう人間でいうところの足跡。
床は凸凹だけど乾ききっていてよほどの高温で熱せられたんだろう。
「わたしだ。救護部と解析部を六角市守護山の麓に派遣してほしい。詳しい場所はこのスマホの位置情報で特定してくれ」
近衛さんは電話の相手に今、必要なことを的確にそして端的に告げていた。