九久津堂流がまだ高校生のころ。
堂流は年の離れた弟の九久津毬緒をことさらかわいがっていた。
「兄ちゃん。あの子は誰?」
九久津は千歳杉の影から己を見つめているアヤカシの存在に気づいた。
「ん?」
堂流は弟のその問いに振り向き自分も千歳杉のほうへと目を向けた。
「ほらあそこ」
九久津は千歳杉のほうへ小さな指をピンと伸ばす。
「おっ!? 座敷童が寄ってきたみたいだな」
「座敷童?」
「そう。千歳杉は約千七百年分の希力を蓄えてるって前に教えただろ?」
(まだ意味はわからないか……)
「ふ~ん」
九久津はなんのことかいまいちわからないままにうなずいた。
ただ九久津にとってはそんなことはどうでもよかった。
ただ目に映るすこしだけ年下にみえる子どもが誰なのか知りたかっただけだからだ。
「千歳杉は希望の木なんだよ。だから福の神である座敷童が寄ってきたんだ」
「友だちになれる?」
年端のいかない九久津にとって兄の堂流は大人のようなものでなにからなにまで手の届かない存在だった。
九久津は数十センチ以上の身長差のある堂流を見上げた。
「ああ、きっとなれるさ。近くにいってみろ?」
「うん。わかった」
「毬緒よりも年下だな?」
「そうかな?」
九久津は小さな歩幅でゆっくりと座敷童に近づいていった。
座敷童はそれに気づくと千歳杉に身を隠してそっと顔を引っ込める、だが一秒も経たないうちに幹に手を当てまた顔をのぞかせた。
かと思うとまた照れるようにしてふたたび姿を隠す。
座敷童はまるでそんな遊びがあるように何度も何度も同じ行動を繰り返した。
座敷童は自分のおかっぱ頭が千歳杉の幹からはみ出していることに気づかずに完全に隠れている思っている。
座敷童がまたこそこそと顔をのぞかせたとき、九久津と視線がぶつかり今まででいちばん驚いた顔をした。
そのまま跳ねるようにしてぴょんと身を隠す。
九久津はそんなことは気にせず座敷童のところにテクテクと歩み寄っていった。
「よう。俺と友だちになってよ?」
座敷童は目を丸くして驚いている。
「……?」
「友だちだよ」
九久津はもう一度いった。
「……」
座敷童はなにもいわずに九久津にニコっと笑顔を返して、さらに満面の笑みでこくこくとうなずいている。
「いいの?」
座敷童は口をパクパクと動かしている。
――パパッパパッ。っと空気の抜ける音がする。
「あっ!? しゃべれないのか? まあいいや、きみは座敷童だから今日からざーちゃんね!!」
「……」
「ざーちゃんって名前」
座敷童は九久津の言葉の意味を理解したのか頭を上下にぶんぶんと振って喜んでいる。
九久津は九久津家の家屋が六角市の郊外のそれもかなり高い丘にあるため学校から帰ってきても同年代の友だちと遊ぶことができなかった。
九久津は九久津で「九久津家」という宿命を受け入れながらもいつも退屈していた。
そこへ突如として友だち候補が現れたことがなにより嬉しかった。
「えっ、いいの!? じゃあ友だちの印にこれあげる」
九久津は座敷童の手をとってアメ玉をぽんと乗せた。
「……」
座敷童は不思議そうに自分の手のひらをながめている。
アメを顔の前に近づけて匂いをたしかめ、またマジマジとアメ玉を見た。
「そっか。アメも食べたことないのか」
九久津は座敷童の手のひらからふたたびアメ玉をつまんでとった。
ビニールの包装を剥き、ビー玉よりもすこし大きなピンク色のアメを手にしている。
「あ~ん」
九久津は自分の口を開けて座敷童にも真似するように促した。
座敷童もつられて大きく口を開く。
九久津はそのまま座敷童の舌にアメをちょんと乗せた。
「これイチゴ味」
座敷童は初めての味におおげさなほどに喜んでいる。
座敷童の口の中でアメ玉が転がるたび、座敷わらしの左右の頬っぺたに小さなコブができた。
ふたりは人間とアヤカシという種族関係なくすぐに打ち解けていった。
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