第97話 付喪師(つくもし)


ふたたび六角神社。 

 宮司は袈裟のふところから真新しい筆をとり出しその手とは反対の手で袖をつかんで押さえた。

 「まずは輪郭形成をはじめます」

 宮司が和紙に毛先をぴたりと密着させて手首を動かすと墨汁をつけたわけでもないのに和紙の上に細い線が引かれていった。

 一筆書きでその線を途切れさせることなく人間ひとの輪郭をかたどる。

 和紙にはパッと見たかぎり小柄な人物が縁取られていた。

 人の形をしているとはいえその輪郭は白抜きであるために表情などはまったくわからない。

 つぎに宮司は人間の急所と呼ばれる個所に梵字で点を打っていく。

 丁寧な所作で点々と筆を入れ、今、梵字は頭部から足元へと流れている。

 寄白のリボンに書かれていたような文字が人の急所の要所要所に描かれていた。

 「それでは魂入れをはじめますので真野さんご夫妻以外は外へ出てもらえますか?」

 「はい」

 寄白の父親が代表して返事をした。

 「みなさんは部屋の外に出ても日常会話をしていてください。このはまだ話の意味が理解できませんので人格形成にも影響ありません。また人間ひとと同じで性格も誕生まれるまでわかりません。ただし人と人の会話が言語習得への近道にはなります」

 「わかりました」

 

 寄白の父親がふたたびそう返すと自分の妻と九久津の両親に――さあ、いきましょうか?と促した。

 

 「部屋を出るときは障子戸をきちんとお閉めください」

 宮司は今まさに部屋を出ようとする四人を呼び止めた。

 「はい」

 最後尾をいく九久津の母親はそれを聞き、障子戸をゆっくり右、左と閉めた。

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 寄白の父と母、九久津の父と母の四人は部屋の外に出てから廊下の障害物を手探りで確認しながら身を寄せて座った。

 視界を塞がれたその状態からでは小雨の舞う景色は見ないために、雨音によってのみまだ雨が降りつづいているのだと気づく。

 この光景もまた第三者が見れば異様な状態だった。

 「六角市以外からやってくる参拝客はこの境内に驚くそうですよ?」

 寄白の父親が話の先陣を切った。

 「そうでしょうね?」

 九久津の父親はすぐにその意図を理解した。

 一歩うしろを歩くタイプの寄白と九久津の母親は、物静かに寄白の父親と九久津の父親の話を聞いてる。

 「まさか神社に百八の階段と梵鐘ぼんしょうがあるなんて誰も思わないでしょうからね」

 

 寄白の父親は頭巾のままで大きな鐘のありそうな・・・・・方向を指差した。

 その指先からそれほどずれていない場所に鐘があった。

 指サックのような形をしていて鐘の上部には金属の突起物が規則正しく並んでいる。

 何百年というとき・・をその身に受け緑青ろくしょうでボロボロになった鐘がそこに吊るされていた。

 

 「かつて神仏しんぶつにも交流があったとされる話ですね」

 

 九久津の父親はゆっくりと腕を組み和装の袖に両腕を潜り込ませた。

 「滋賀県などにもそういった神仏交流の形跡がみられるとか。まあ、ここ六角神社の設計は近衛くんですけれど」

 「彼ならまあ抜け目なく町の守護をしているでしょう。数百年、いや、もしかすると九久津家うちの千歳杉が芽吹いたころには存在していたのかもしれません」

 「ミッシングリンカー」

 寄白の父親は一呼吸置きいった。

 「いつどこかで能力が開花したのかわからない者たちの総称ですね」

 「彼ら・・はいったい何者なのか?」

 寄白の父親は悩まし気な声を絞り出す。

 そのあとにもまだ――う~ん。と唸っている。

 「それを考えるのは空虚くうきょなことでしょう。二条先生だってアンゴルモアの具現化から十年以上、主だった外見の変化は見られていません。五味校長は年相応に変化しましたが」

 九久津の父親の諭すような答え。

 それはまるで二条と近衛は自分たちとは違う生き物であるかのような口振りだった。

 「そうですね。それをいうなら鷹司、いや鷹司くんと呼ぶべきかなのか? 鷹司さんと呼ぶべきなのか……官房長官ですからね。彼もまたその種族・・なのでしょう。……繰に聞いた話なのですが沙田くんもどこで能力に開花したのかわからないとか」

 「毬緒もいっていましたが彼は運命性さだめせいの人間なのでは? 詳しいことは九久津家うちの長男である堂流が知っていたのですが。毬緒を堂流の知識をいったいどれくらい教えられていたのかもわかりませんし……」

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