第103話 瞬きひとつで終わる人生


九久津がバシリスクとの戦闘を終えてから数日が経過していた。

 二条はいまだ六角市に留まり、ここ数日の報告書を作成している。

 その中には寄白と社から提出された『リビングデッドのグール化』の報告書もあった。

 これは人体模型がブラックアウトした日、つまりはバシリスクが出現した翌々日にに寄白から手渡されたものだ。

 二条は遮光カーテンで閉ざされた六畳ほどの部屋でカチカチとキーボードをはじいている。

 白い画面に右から左へ文字が流れていく。

 液晶の微かな明かりが前のめりの二条を照らす。

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 検査結果報告

 被験体の検査方法 

 ・体液検査

 ・負力構成要素検査

 ・皮膚組織(鱗)の形状判断

 以上、上記の三検査の総合判定。

 ――バシリスクとの一致率97.56% 

 よって、今回九久津毬緒によって退治されたアヤカシはバシリスクと断定する。

 Y-LAB

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 二条はこの用紙の内容を一言一句違わぬようにそのまま丸写しにしている。

 指先は「QWERTY配列」のキーボードをなめらかにすべる。

 (97.56%。学術的にみれば完全一致。バシリスクはこの世から消えた)

 キーボードを打つカチカチとした一定のリズムを断ち切るようにPC画面に

ポップアップメッセージが浮かび上がってきた。

 同時にポワポワとした音が鳴り丸角まるかどの長方形が二条に「応答」と「拒否」の二者択一を迫っている。

 着信相手は【外務省 一条空間】となっていた。

 二条は迷わずに「応答」をクリックする。

 「なに?」

 PCに接続された卓上のガンマイクが二条の声を拾った。

 二条は画面に向かって話しかける。

 そのあいだも二条の視線はキーボードと資料を行き来している。

 『どうなった?』

 

 低音の渋い声が画面の奥から響いてきた。

 「まだ結果が出てないのよ」

 『何日かかるんだ?』

 「今日中には出るって。バシリスク退治の正式判定が出たのが一昨日の夜中だから。そっちに人員も時間も使ったんでしょ。優先順位としては正しいわ」

 『ならいいか。おまえ、まだと仲悪いのか?」

 「美子のこと?」

 『まあ、あだ名だけど、姫っていったら寄白姫よりしろひめしかいないだろ?』

 「別に仲が悪いってわけじゃないわよ。あの娘が一方的に私を避けてるだけ」

 『なにしたんだよ?』

 「あんたには関係ないでしょ? 私はただ実務実習で能力者のデータベースの編集をさせただけ。でもそれだってクラス全員によ。だからあの娘だけを特別視したわけじゃない」

 二条のブラインドタッチがピタリと止まった。

 「美子には向いてなかったよ。あの娘は感受性が強すぎる。背負わなくていいものまで背負って。捨てれば楽になれるのに」

 ――先生は、ひとつを拾うフリしてその隙にふたつを捨ててるだけ。

 

 それはいつか寄白が二条にいった言葉だ。

 いまだ二条の心に棘のように刺さっていてときどき痛みを呼び起こす。

 二条自身は寄白の遠回しの言葉をこう変換した。

 ――先生は無駄なものを持たない。それどころか捨てるために邪魔になりそうなものを常に探している。

 『それだけでおまえを嫌う理由にはならねーだろ?』

 「実習の日、美子は私に盾突たてついてきた。――ボタンひとつで人の人生終わらせんな。そう。あの娘だって私たちのように統率する側の人間なのに……」

 『はっ? ボタンひとつ? それが【能力者専門校】に退学届けをだした理由か?』

 「当局の帝王学を教えるのが国営の能力者学校でしょ? 違う? いてはそれが国民の安全を担保することに繋がるんだから。美子は特待生だったのよ」

 『二条、それじゃ心がねーな。しかも当局は姫の退学届けを正確には受理してないんだろ? 特待生ってのはほとんどが門閥もんばつだ。【アヤカシ対策局】は転入ってことで手を打った。姫にとっては脱線したと思ってた場所にすでに新しいレールが敷かれててすでにそれが既定路線だったことに苛立ったんだろう』

 「転入は苦肉の策よ。美子はITスキルが高いから一芸で生まれ故郷の六角第一高校に転入させたの」

 『姫は他人だれかに自分の人生を操作されることがイヤなんだよ。産まれたときからすでに寄白という鳥カゴの中。なあ、二条、人を数える単位は?』

 「なによ急に? にんでしょ」

 『俺ら当局の数えるにんは姫にとってのひきみたいなもんだよ。どっかものみたいに扱ってんだ』

 「一条……美子の気持ちがわかるんだ? あんたってものすごいリアリストだけど、それ以上にロマンチストなのよね?」

 『褒め言葉だと受けとっておく。姫のいったボタンひとつの人生ってのはマウスの操作でファイルから名前を消すことだろ? 右クリックで消された人にも能力者として苦悩してきた人生があるのに一瞬で人生が終わってしまう。それこそまばたきでもしてるあいだに、だ』

 「なるほどね。私にはそういう視点はなかったわ。能力者のデータベースの更新作業って各都道府県に新しく加入した能力者と亡くなった能力者の整理だと思ってたから」

 『おまは慣れ過ぎたんだよ。あまりに当局たかい場所にいたから』

 「私は名簿の中に九久津堂流・・・・・の名前があったからだと思ってた」

 『そうやって試したことがいちばんの原因だ。おまえの意図は読めたよ。名簿に知り合いの名前があっても躊躇いなくデータを消せるかをテストした。けど姫は見抜いてたんだよ』

 「なにを?」

 『おまえの捻じ曲がった根性』

 「はっ!?」

 『実務実習で使う名簿はマスターデータの中サブファイルを使う。ほぼ正規のデータだ。十年前のコピーファイルを使うならともかく、そこに九久津堂流の名前がある

のは不自然だろ?』

 ――ふっ。二条は苦笑した。

 まるで一条に自分の心内こころうちが見透かされて、それが表情として現れたような笑いだった。