第110話 疑念


 「これから先の会話はカルテのような書類にはいっさい残しません。すべては僕の中に留めておきます。ということであらためて質問させてください。当局が現在きみを問題視している点のひとつめ。単独行動の理由」

 「それは誰にも邪魔されずバシリスクと戦いたかったからです」

 「でしょうね。じゃなきゃ自分の体に毒を蓄えたりはしないはずです。ちなみに毒のことは医療関係者しか知りませんし当局にいうつもりもありませんので安心してください。今後は僕と一緒に治療を頑張りましょう」

 「はい。ありがとうございます」

 九久津は白衣を手で押さえ重心を傾かせて丁寧に頭を下げた。

 「つぎにふたつめ。まあ、ひとつめの疑問に付随することなのですがどうしてずれたはずのバシリスクの出現時刻と出現場所を知りえたのか」

 「最初の発見はまったく偶然で、目に召喚した透過能力のアヤカシとクリッターに反射する謎の音波を見つけたからです。同じ日に升教育委員長もバシリスクがくるといっていたそうなのでそれでバシリスクがくると確信しました」

 「それは新しい発見ですね。これは将来の役に立つかもしれない事案なので当局へ報告させていただきます」

 「構いませんけど別ルートで升教育委員長から報告はいってると思いますけど……」

 「そうですか。まあ、たしかに升さんの報告が国にいかないほうが不自然ですね」

 「あの、ついでですけど俺が出現時期のずれを報告するとバシリスクと一対一の戦いを邪魔されると思って誰にもいいませんでした」

 「なるほど整合性のある答えです。ちなみに寄白美子さんと社雛さんがバシリスクの出現を察知したことはどう思いますか?」

 「美子ちゃんなら気圧の変化でアヤカシの出現を予測できますし、そこに透過能力のクレアヴォイアンスと雛ちゃんのいとを合わさればアヤカシの出現はあるていど察知できると思います。ただそれがどんな種類なのかわからない以上はに報告することはないと思いますけど」

 ここで九条の動きがピタリと止まった。

 「上にいっても無駄だということですか? まがりなりにも相手は上級アヤカシです。それによって市民を危険に陥れることにもなりかねませんよね?」

 九条はキリっと眉を上げてすこし強めの質問を返した。

 「まず雛ちゃんはあの怪我以来能力の精度が落ちたと美子ちゃんがいっていました。となると雛ちゃんが今回バシリスクが出現したと結論づけた決め手はアヤカシの瘴気の強さとバシリスクの体型だと思います。仮に今回出現したアヤカシがミドガルズオルムだったとしても雛ちゃんの弦での判断では“バシリスクが出現した”という答えになると思います。なぜバシリスクとミドガルズオルムの個体識別の判断を誤らなかったのか、それはすでにミドガルズオルムは退治されているからです。さらに数日後にはバシリスクが六角市にくるという先入観もあります」

 「……教育委員会に進言してもバシリスクの出現時期はまだ先の予定だ。――今、バシリスクが出現しました。という通報を寄白美子さんと社雛さんがしても当局も半信半疑。さらにどんなアヤカシか確定しない以上上層部も動きようがないってことか……」

 九条はこくこくうなずき自分の中で処理して――納得です。と足した。

 九久津の考えは九条の疑問を払拭するに十分筋の通った話だった。

 「ええ。そうです。だから逆をいえばこの突発的な出来事に対応できなかったのは当局の上層部のミスだと思います」

 「じつにロジカルで辛辣しんらつな意見。たしかに寄白美子さんと社雛さんのふたりはバシリスクの出現・・には立ち会ってはいません。反対にきみは待ち伏せのようにピンポイントでバシリスクに鉢合わせた。この状況について説明をお願いします」

 「俺はあいつの出現の日の放課後、一度だけ目目連もくもくれんで位置をたしかめました。それを逆算して出向いただけです。それ以降は召喚憑依のキャパレベルを考慮してバシリスクとの対決まで能力を使っていませんし。ずれを報告しなかったのはさっきいったとおりです。あいつの進行速度が急激にずれたとすれば前夜から放課後にかけてのあいだだと思います」

 「なるほど……。今回解析部隊のだした結果がずれたことに疑問を持たなかったんですか?」

 「バシリスク案件にかぎっては正直話半分でした」

 「それだとバシリスクの進行速度と出現場所がずれたことが当然だとでもいいたげですけど。どうして?」

 「どうして?」

 九久津は語尾を強めて九条の問に問いで返した。

 そのまま目がつりあがるように表情が険しくなった。

 「俺は十年前だって繰さんが情報伝達を間違えたなんて思ってません。繰さんはそれによっていまだに苦しんでる。悪いですけど非があるなら解析部のほうだと思ってます」

 「十年前といえばきみのお兄さんの……?」