二条は九条のいる診察室を尋ねてきていた。
髪をかきあげながらすこし困った様子で話しをはじめる。
「九条ちょっと聞いてよ?」
二条は切実そうにしながら――座って。というジェスチャーで九条に手をさし出した。
「ああ。聞くよ」
九条は自分の椅子に座ると二条は診察室の壁にもたれて腕組みをした。
「ありがと。話が終わったら私が“診殺”いってあげるからさ?」
「もう。いってきたよ」
「ええ!? あの看護師さんの話伝わらなかったのか~ショック」
「いやいや。戸村さんに話は聞いてたよ。でもいろいろあってもういってきた。だいたい二条はここにくるの遅すぎるよ」
「ごめんね~。近衛の設計で近隣市町村の負力も診殺室に送るパイプラインを通したんでしょ?」
二条は最近誰とも会話していなかったかのように話を弾ませた。
「そうだよ。それが今日から稼働してるし」
「うそ? どうだった?」
「魑魅魍魎の数が相当増えた。でも国立病院で一括処理できることは望ましいな。他の人を危険にさらさなくていいし」
「そうね。他の町では梵字の札とか清めの塩で日数をかけて一体一体をゆっくり浄化してるんだからね」
「ああ。まあ近衛はそういう街づくりが専門だから」
「それが【都市開発者】って能力だからね。今日も六角駅で作業してたはずよ」
「なんで?」
九条は不思議そうに問いかけた。
「ほら。バシリスクのときに“ヤキン”を使ったからそのメンテナンス」
「“ヤキン”を動かしたのか。よっぽど切迫した状態だったんだな」
「だろうね。今回のパイプラインも“ボアズ”の近くを通してあるって話だったけど」
「“B”の柱……。その力であらかじめ負力にフィルターをかけるってことか」
(六角駅前って地下への入り口を確保するために必ずどこかで工事してるんだよな)
「そう。近衛ならみすみすそんな危険は冒さないだろうし」
「建設的な男だからな。性格もやることも含めて。あっ!? 【気象攪拌者】に適切な質問があるんだけど?」
「なに?」
「空が青く見えるのってなんで?」
「なんなの突然?」
「【気象攪拌者】だから訊いてる」
「う~ん、そうね~。一般的にはレイリー散乱って現象かな」
「それは夜でも起こる?」
「もちろん。なんでそんなことを聞くの?」
「いや、これは患者さんのことだから守秘義務で」
(九久津堂流が亡くなった日の夜にそのレイリー散乱があったかどうかを調べれば九久津くんの“青”への執着に近づける気がする)
「なら深くは訊かないわ。代わり私の話を聞いてよね?」
「ああ。さっき聞くっていったろ。だいたいY-LABに何時間いたんだよ?」
「まさに時間も忘れてって感じ。それがさ~いろいろ検証してもらったんだけど研究者たちの総合意見だと忌具自身が自由にレベルを操作することはないだろうってことなのよ」
「二条。今、忌具調べてんの?」
「そう。だから黙って聞いてて」
「えっ、ああ、うん」
二条は九条に現状がどう大変なのかを身振り手振りを交えて話した。
九条は二条に圧倒されつつも話を聞くといった手前、黙って聞きつづけるしかなかった。
「それができるなら忌具はずっとむかしからそこらじゅうを自由に動き回っていて、忌具保管庫の存在理由がないっていうのよ」
(二条はたまにずーと話しつづけることがあるんだよな。この場合は相槌を打ってただ聞くだけ。そして僕が本当に訊きたい疑問にだけ言葉を返そう)
「忌具が今までずっと沈黙してたって可能性はないのか?」
「それもないだろうって。忌具自体は人を襲ったり不幸に陥れるための存在。だからそんな器用に黙っていられるはずがないって」
「じゃあ何者かの力によって動いたってことか?」
「そう。忌具を操作するような能力者がいるんじゃないかって」
「ってことはその能力者が裏で糸を引いてるってことか?」
「そうなるかな。忌具を操る能力者なんて厄介よね~。ああ~今日は手詰まりね……」
「なあ、二条。話は変わるけど。四仮家先生ってどんな人だった?」
九条はここが話の端境期だと思って話の方向性を変えた。