第132話 Y-LAB(ワイラボ)


ここから小さな坂を登っていくと小高い山の上に例の研究所がある。

 社さんはそのままコツコツとローファーを鳴らして歩きはじめた。

 エネミーも小鴨こがものように社さんのうしろをくっついていく。

 やっぱり目指してる場所はあの大きな研究所だ。

 なんとなく社さんに声もかけづらい。

 俺も、もくもくと社さんのあとを追う。

 社さんは美人できれいなんだけどどこか他人と壁があるというか、なにかを抱えているというか……。

 その点エネミーは落ち着くわ~。

 まあ、またエネミーの社会見学でもするのかもしれない。

 俺は深く考えることをやめて、そのまま歩く。

 六角市の小中学生が見学にいく場所だし、そこでエネミーがなにかの学習をしても問題ない。

 赤ちゃんっぽいとはいえ言葉も話すし、そこそこ(?)の常識もあるし。

 

 市内から離れてるだけあってこの辺りは自然の匂いがする。

 舗装の脇には青々とした草が茂っていた。

 あっ、九久津の家にいく途中で見た、花弁はなびらの先端が矢のように尖っている青紫の花もある。

 最近この花をよく見る気がするけど、じつは外来種とかいうオチだったりして。

 そんなに時間がかかることもなく山研の外観が見えてきた。

 山の研究所は市営体育館の何十倍もありそうな大型の施設だった。

 それなのに窓ひとつなく密閉された作りになっている。

 光を遮断した建物って不便じゃないのかと思うし、機能的にもどうなんだろう?という疑問もあるけど研究所って案外そんなものなのかもしれない。

 日光によって変化しそうな薬品もありそうだし。

 

 ようやく入口の門も見えてきた。

 頑丈な金属の柵の奥には、たぶんここの職員さんたちのであろう車が無数に停まっている。

 そういや鈴木先生も新車を買ってから機嫌がいい。

 車ってそんなにいいものなのか? 俺たちもあと一年とすこしで免許がとれるようになるからそのときになればわかるか……。

 社さんは開けっ放しの門を越えて中に入っていった。

 エネミーもそれにちょこちょことつづく。

 へ~山研の正式名称って【Y-LABワイラボ】っていうのか。

 

 山研の門の横には「Y」と「L」のアルファベットが合わさって立体化したピクチャーロゴと【Y-LAB】というシンプルなテキストロゴがあった。

 俺は今日初めて山研の正式名称なまえを知った。

 六角市にいてこんなことも知らなかったんだとあらためて思う。

 たぶん市民の大半もこのことは知らないだろう、だから通称山研・・なんだし。

 ロゴの下には「Y」と「L」を飾るように小さなローマ字の羅列もある。

 これが山研の完全・・な正式名称なのか?

 「Yワイ」、「Oオー」、「Rアール」、「Iアイ」、「Sエス」、「Hエイチ」、「Iアイ」、「Rアール」、「Oオー」……そしてすこしスペースがあって「Lエル」、「Aエー」、「Bビー」、「Oオー」、「Rアール」、「Aエー」、「Tティー」、「Oオー」、「R、アール、「Yワイ」か。

 【YORISHIRO LABORATORY】

 えっと。ヨリシロ? ヨリシロラボラトリー!? 

 えぇぇー!? 

 こ、ここも寄白さんの会社だったのか? Y-LABワイラボってそっかヨリシロの頭文字で「Y」か。

 「LABラボ」はラボラトリーの短縮形。

 だからワイラボなのか。

 「なにしてるの? ここが国立病院よ」

 

 俺がひとりロゴの前で立ち止まって心の整理してると、社さんの一言がまた俺を混乱させた。

 えっ!?

 こ、国立病院? ここが? だって【YORISHIRO LABORATORY】って書いてあるけど? 社さんはいたって真面目だった。

 どうやら冗談ではないらしい。

 てか社さんがそんな冗談をいうはずもない。

 その表情は逆になにがそんなに不思議なの?って感じだし。

 「こ、ここが?」

 俺はY-LABのロゴを指さした。

 ロゴは立体的でデカデカと存在を放っている。

 俺は今まで山研と呼んでいたことを申し訳なく思った。

 市民のあいだでは山にある謎の研究所のために、どうしても怪しげなニュアンスが混ざって小バカにした感じなっていたからだ。

 「そうよ。Y-LABここの中に院内施設があるの」

 「うそっ!?」

 社さんが冗談をいわないとわかっていても、ついつい口から出てしまった。

 「本当よ。うそをつく意味もないし」

 

 ですよね~。

 俺は足早に社さんとエネミーのもとに駆け寄った。

 「沙田。なにしてたアルか?」

 エネミーが両手を腰を当てて膨れっ面になってる。

 そして――もう。っとつけ加えた。

 このパーティーでは俺のほうが順位下なのか?

 「いや門の前のロゴを見てた」

 「結局は国立病院も第三セクターってこと」

 社さんはツンとした感じで腕を組む。

 

 「えっ……」

 第三セクターって現代社会げんしゃの授業で習ったな……けどなんだっけ? わからなかったらハズいぞ。

 第三セクターね……第三、第三ってなんだ? 第一と第二はどこにいった? なぜ第三からはじまる?

 「沙田。第三セクターってなにアルか?」

 エ、エネミー、こ、こんなときに俺にそれを訊くかぁー? まさか俺が心の中であたふたしてるのを知ってるのか?

 「えっと!? そ、それは」

 「なにアル?」

 それにしても見計らったようなタイミングだな。

 ヤベー、わかんねー。

 第三ってことだから秘密兵器的なやつか? 響きがそれっぽいぞ。

 あるいは第三勢力的な? 第三勢力が出てくると物語は俄然おもしろくなるからな。

 「ここは民間企業の株式会社ヨリシロと国が共同運営している研究所と病院。つまり半民半官はんみんはんかんの施設ってこと」

 社さんがエネミーに教える形で俺は難を逃れた。

 た、助かったー!!

 は~だから国立病院って名前なのか。

 そりゃあ一般には浸透してないはずだ。

 そもそもアヤカシに関係ない人がいくことがないんだから当たり前か。

 ……なるほどな~。

 一般社会の中に紛れ込ませてたんだ。

 

 寄白さんや九久津、それに当局の近衛さんたちからすればここが病院なのは当たり前の知識。

 毎度のことながら株式会社ヨリシロはアヤカシ対策の町づくりをしていた。

 あっ、国営だから、国、つまり当局も、だ。

 「そ、そういうことだ。半民半官だ。わかったか? エネミー・・・・?」

 ふつうにエネミーって呼んでしまったけど違和感ないか?

 「ホントに知ってたアルか?」

 会話が中断することなくふつうに話はつづいた。

 エネミーはまったく気にせずにフレンドリーだ。

 

 「し、知ってたに決まってんだろ!? いつだったか現社で習ったし、お、俺だって、も、もう高二だぞ!?」

 「うそっぽいアル?」

 エネミーは最後まで俺を疑った。

 いや、ま、まあエネミーの疑いもあながち間違いじゃないんだけどさ。

 わ、悪そうな顔で俺を見てる……が、そんなことには負けん。