第141話 カルテ:病名 【啓示する涙(クリストファー・ラルム)】 


 「そうですよね。魔障専門医ってだけでもすごく難しい勉強をしてきた人なのに」

 「僕もそう思うよ。魔障専門医になった時点で他の先生との差なんてないんだけどね。そこはあまり理解されないかな」

 只野先生のこの言葉は本心だろうな。

 でも、やっぱり患者の立場なら魔障専門医と救偉人・・・魔障専門医・・・・・なら救偉人の先生を選んでしまう気がする。

 どっちもとてつもなくすごい人なのはわかってるんだよ。

 それでも付加価値のあるほうを選んでしまうのが人間なのかもしれない。

 「さあ目を診せてもらっていいかな? すこし眩しいけど我慢してね」

 只野先生は患者に対してフランクな接しかたをする。

 俺にはこっちのほうが合ってる。

 ものすごくかしこまった先生よりも上から目線の先生よりも、これくらいがちょうどいい。

 「あっ、はい」

 只野先生は俺の下瞼したまぶたに指をかけて引っ張った。

 ああ、粘膜が乾く。

 コンサートのペンライトみたいなのをかざして俺の両目を診てる。

 うわっ、眩しすぎ。

 ――カチャ。只野先生は電源スイッチの近くにあるボタンを何度か回して光の色を変えて俺の目を診た。

 そういう診察方法なんだろう。

 「うん。異常なし」

 早っ!! 

 そっこー結果出た!!

 しかも異常なしでっせ? せっかく紹介してもらったのに校長、サーセン。

 けど、どういうことだ? 近衛さんも九久津でさえも俺の目は魔障だっていってたのに。

 あの症状はいったいなんだったんだ? じっさい俺の指にも赤い涙がついたんだけど……。

 てか、まだ目がチカチカしてる。

 「えっ、ほ、本当に異常なしですか?」

 「うん。本当に健康だよ。じつに高校生らしい……といいたいけれど……」

 只野先生はそこで言葉を切った。

 ――といいたいけれど。ってこれにつづく言葉はあんまり良い予感はしない。

 これは重大発表来るか? つづきはWebでか? ああ心臓がバクバクする。

 「スマホやゲームもほどほどにね」

 えっ!? 

 そ、それだけですかー!?

 魔障的にはあまり重大なことはいわれなかったけど、日常生活で的確なこといわれた気がする。

 「は、はい。控えます」

 「その点を踏まえても健康だよ」

 「そうなんですか。けど、僕の目は魔障じゃ?」

 「……誰がいったの?」

 只野先生はそういって口を尖らせたと思う。

 思ったってのは俺の視界はまだチカチカしていて目の前の景色がはっきりとは見えないからだ。

 俺は何度か目をしばたたかせた。

 「近衛さんです。わかりますか?」

 「近衛さんって? ああ~国交省のね」

 やっぱり知り合いか。

 当局の人間と国立六角病院の医者だ、知り合いじゃなきゃおかしいけど。

 「国立六角病院こことY-LABの設計をした人だね」

 「えっ、近衛さんが国立六角病院こことY-LABを?」

 「うん。そう」

 「本当ですか?」

 やっぱりか~だよなー。

 なんかそんなふうに感じたし。

 なんつーか院内に近衛さんイズムがあるんだよな。

 「そうだよ。ここって外観から見ると窓がないのに院内に入ると陽が射し込んでるのに気づいてた?」

 「はい、わかってました。ただ、どういう仕組みなのかな~?って疑問には思ってました」

 「光の屈折率を応用してるらしいよ」

 「へ~不思議な造りですもんね?」

 病院は負力多そうだから負力浄化のためにまた陰陽道とか使ってそうだな。

 近衛さんなら考えに考え抜いて設計してるだろうし。

 そういや院内にあった謎の部屋も……それに近い理由っぽいな。

 「あの施設案内図に関係者以外禁止という危険な感じの部屋があったんですけどあれはいったい?」

 「ああ、あれは簡単にいえば患者さんたちの負力を浄化するような部屋かな」

 「なるほど」

 でも、それならそこまで危険じゃない気もするけど。

 まあ素人の俺じゃわからないか。

 でも、謎が解けたからいっか。

 「……ただ近衛さんのいった魔障っては素人診断だね?」

 えっ!? 

 「やっぱり医者からみると違うんですね?」

 「けど、まあ……」

 只野先生はなんだかいいよどんだ。

 な、なにかを隠してるのか? それとも俺の目は本当はもっと悪い状態で、あとでこっそり校長に告知される系?

 「結論からいうと沙田くんの目は魔障によるもの」

 ん……? どういうことだ? やっぱり悪い状態? 最悪命に関わるとか?

 「え……えっといってることが違うんじゃ……」

 「僕ら魔障専門医はね、まず第一に日常生活下による病気の判断をするんだ。それで異常がない場合にアヤカシ等による魔障診断へと移行する。目の前で確実に魔障を負ったあるいは魔障でしか発症しない病状が発症している場合のみ、だいいちで魔障診断をする、かな」

 「ああ!! なるほど。そういうことですか?」

 俺の目には結膜炎とかそういう系の病気がないから異常なしってことね。

 それでつぎに魔障かどうかを診たんだ。

 じゃあさっきのライトでそれを判断してたのか? でも、結局俺は魔障なんだよな? そうこうしているとようやく俺の視界が戻ってきた。

 只野先生がカルテになにかを書いている。

 チカチカと景色がぼやけていたのがだんだんとクリアになってきた。

 けど元の視界に戻るまではもうすこし時間がかかりそうだ。

 「沙田くんの魔障は【啓示する涙クリストファー・ラルム】という診断名がつく。この病状はきみの中にいるなにかがなんらかのメッセージを伝えたいときに、その沙田からだを使って涙を流す。問診票見たけど涙の色は赤だったよね?」

 只野先生はそういって俺に向けてカルテを広げた。

 俺の視力はもう一般的なサイズの文字が読めるまでには回復していた。

 カルテには丁寧な文字で【啓示する涙クリストファー・ラルム】と書かれていた。

 「えっ、はい。赤です」

 「赤い涙。まあ世の中では血の涙なんて呼ばれたりもするけれど、それは良性の涙でね。悪性なら真っ黒な涙が流れる。悪性の場合はもう自我がなくなって意思疎通を図れないことが多い」

 「そうなんですか?」

 よ、よかった~!! 

 あ~安心した。

 お祝いに今日の夜でっかいアイス食べよう。

 一・五倍のフルーツミックス味にしよう。

 いやこのさいだ伝説の神話果実味しんわかじつあじとか探そう。

 まあ、売ってるわけねーか。

 「赤い涙はのモノがいいたいことをいえない代理反応。世界的にみても仏像や石像が涙を流すのもなにかの啓示とされているしね」

 「そういえばありますね? 血の涙を流すマリア像とか。ちなみに黒い涙ならすぐにわかるんですか? 自我崩壊で意思疎が図れないなら会話もままならないってことですよね?」

 「そんな単純じゃないんだなこれが。悪性でも中のモノが受傷者の自我を装うパターンがあるんだよ」

 「な!? そ、そうですよね~。はは」

 そ、そうだよな。

 魔障がそんな簡単なわけない……か。

 

 「まあ強制的に体から中のモノを排出するスピリチュアル・サージャリーという心霊手術オペがあるんだけど。沙田くんもやってみる?」

 「オ、オペはちょっと……」

 オペって言葉だけで怖えーよ!!

 「まあ【啓示する涙クリストファー・ラルム】は中のモノが伝えたいことを伝え終わると治るから」

 「あっ、治るんですか?」

 「うん。伝言を終えるとね」

 「そういえば僕の中で誰かわからない人の声を聞いたことがあります」

 「おそらくは随伴症状ずいはんしょうじょうだね」

 「随伴症状ってなんですか?」

 「簡単にいえばなんらかの症状に伴って起こる症状のこと。急性心筋梗塞のときの吐き気とかね」

 「なるほど」

 「だから沙田くんの場合は赤い涙が流れてその随伴症状で中のモノの声が聞こえたってこと。ちなみにその声はどんな感じだった?」

 「嫌な感じはしなかったです。なんとなく体の中に居て申し訳ないって感じがしました」

 ――『ときがきたら君の力を貸してほしい』そうあの声だ。

 本当に優し気な声だった。

 きっと良い人なんだと断言できるような声。

 

 たぶんむかし会ったことがあるんだよ、あの人に……誰なんだろ? さっき急に絶望感に襲われたときもその人が助けてくれた気がする。

 でもあのとき感じたことは国立六角病院ここで意識が薄れていくようなそんな絶望だった。

 けど、只野先生が随伴症状っていったんだから、さっきもたまたまそれが現れただけだろう。