第152話 ガールズトーク


 九久津がバシリスクを退治してから一週間。

 上級アヤカシの退治は世界共通の目的であるため上級のアヤカシが退治されたとなれば諸外国に多大な影響を与える。

 六角市も例外ではなく教育委員会をはじめ当局も慌ただしく過ごしていた。

 繰もその渦中にいるひとりだ。

 株式会社ヨリシロの本社は六角市の益を考えていまだに市に籍を置いている。 

 その自社ビルは大企業としてはこじんまりとしていて他の都市にある支社よりもずいぶんと小さい五階建てのビルだった。

 それでもファッションビルのようなガラス張りの外観が際立っている。

 

 繰は今、社長室で学校職から離れて社長業をこなしていた。

 校長室同様に家具などはオフホワイトで統一している。

 繰は白のレザーチェアに頭のうしろをつけた。

 デスクの上には【株式会社ヨリシロ 株主総会 草案】と書かれた資料が散乱している。

 「とりあえずはこれでいっか」

 繰はひといきつき書類を両手で手前に寄せ、その紙をひとつに束ねて机の上でトントンと縦横を揃えた。

 (ふ~。こんなときなのに株主総会の準備もしないといけないし。学校との掛け持ちは大変。スケジュールもいっぱいいっぱいだし。でもこれも私が選んだ道。あっ、そうだヤヌにも電話しないと)

 「ヤヌ。トレーズナイツに抜擢ばってきされたんだって?」

 『ええ』

 ふたりは当然開放能力オープンアビリティである反バベル作用を使っているため言葉の壁はなくなっている。

 「そっか。おめでとう」

 『ありがと。けどねロベスのやつがトレーズナイツに裏切者がいるとかっていうのよ』

 「それが作戦なんじゃないの?」

 『まあね。それがあいつのやり口でもあるし。本当にっからの悪なのよ。昨日もオークとゴブリンの始末が大変でさ』

 「大丈夫?」

 『大丈夫。大丈夫。これくらい』

 「なら、良かった」

 繰はスマホでヤヌダークと会話しながらタブレットケースの上で縦置きしてあるタブレットを操作した。

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 トレーズナイツ。

 フランス大統領直下の精鋭能力者たち。

 日本の救偉人とは異なりフランス国内に十三人しか存在せず各々の裁量で軍隊の一小隊を動かすことができる。

 ナンバー1からナンバー7以降のメンバーはその時々の活躍者が抜擢される。

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 『私がトレーズナイツになってもう四日経ってるけどね。繰にもお祝いをいわないと。正式にバシリスク退治の結果出たわね。おめでとう』

 「うん。ありがとう。でも、あれは九久津くんのおかげだし」

 『そっか。九久津堂流の弟ね。んで、今、彼はどうしてるの?』

 「えっ? あっ、ああ、九久津くん。それがまだ入院中なの」

 『バシリスク戦でそんなにひどい怪我を?』

 「う~ん。怪我自体はそんなんでもないみたいなんだけど。当局が面会謝絶にしてるの」

 『どうして?』

 「いろいろ調べることがあるって。なによりピンポイントでバシリスクの出現時間と出現場所に居合わせたことが問題みたい。どうやってそれを知ったのかとか他にもいろいろ訊きたいことがあるってことだったけど」

 (ピンポイント予測はもしかしたら美子の予測にヒントがあったのかもしれない……)

 「まあ、誰にもいわずに独り・・でいったってことが特に問題視されてるの。それこそ私たちの誰にも告げずにね」

 (ほんとに男の一対一ってこだわりがよくわからないのよね……。でも沙田くんも堂流だって同じようにするって意見だったし。まあ、ね。うん、堂流もっていうんなら理解してあげてもいいんだけど)

 『私には理解できるけどなその気持ち。兄のかたきは誰にも邪魔されずに自分ので思ったんじゃないの?』

 「私だってわからなくもないけど。それに九久津くんの秘めたバシリスクへの憎悪みたいなのもわかってたし。でも正直さみしいかな……」

 『あの堂流の弟だもの。他人を巻き込むくらいなら自分の手で倒すって優しさよ』

 「うん。それも九久津くんなのよね」

 (あっ、でも沙田くんにいった――数式の答え合わせ。ってのは九久津くんなりのメッセージだったのかもしれない。だとしたら堂流のかたき九久津毬緒じぶんでとるっていう証明だったのかな?)

 『繰』

 ヤヌダークがそう呼びかけた瞬間からヤヌダークの言葉が堅苦しくなった。

 『あのね』

 「なに?」

 『私ね』

 ヤヌダークはいまだかしこまったままだ。

 『トレーズナイツになって上級サーバーへのアクセス権をもらえたの』

 「うん。それで?」

 『それでね』

 そこで反転したようにヤヌダークの声が弾む。

 繰はヤヌダークの意気揚々とした言葉に朗報を予感した。

 「うん。それで?」

 繰の声も弾む。

 『フランスって日本の組織とは違うから繰にはわからないかもしれないけど……』

 「う~ん。そもそも私って政府とは協力関係にあるだけで正式な日本当局の人間じゃないから」

 『まあ、それぞれの国で組体系が違うのは当たり前だけど。なにより私たちだってフランス当局というよりEUの連合当局って感じだし』

 「そこはやっぱり文化の違いってことね?」

 『うん。まあね。……今回トレーズナイツになってバシリスクのことですこしわかったことがあるの』

 「えっ、な、なに?」

 

 繰になにかの試験の合否通知を確認するような緊張が走った。

 『バシリスクがいちばん最初ヨーロッパ・・・・・で目撃されたのはロシアだったのよ』

 「えっ? ……ん? それをいまさら知ってなにかあるの?」

 繰はヤヌダークのその報告が今の自分にとってはおまけていどのものでしかないために拍子抜けした。

 それでもヤヌダークがただ・・そんなことをいうはずがないと思い直す。

 (ヤヌはなにをいいたいんだろう。それより……。なんとなくロシアって半分アジアって感じでヨーロッパって気がしなのよね)

 『質問は最後まで話を聞いてからにしてね?』

 「うん。わ、わかったわ。ごめん」

 繰はヤヌダークに押され気味で答えた。

 『そのロシアで目撃されたってのが九久津堂流が亡くなった翌日なの。ただ堂流が亡くなってから日付が変わったってだけで厳密な時間換算にすると半日も経ってないのよ』

 「えっ!? そ、それじゃあ」

 『そう。その日に日本からロシアに移動したことになる。時間でいうなら堂流が亡くなってから約十時間後にはロシアにいた計算ね』

 「ちょ、ちょっと待ってよ」

 繰は自分の頭と気持ちのふたつを整理しようとしていた。

 『つぎが重要なのよ。バシリスクをロシアで見かけたという報告の五時間前には中国とモンゴルの国境付近でバシリスクの目撃情報が複数あった』

 ヤヌダークは話を途絶えさせることなくそのまま早口で会話をつづける。

 「えっ……? なに? どういうこと」

 『つまり堂流が亡くなって最初の目撃証言がそこ・・なの』

 「……う、うん。そ、それで?」

 繰はヤヌダークがなにを伝えようとしているのかまるでわからなかった。

 ただつぎの推理の材料にヤヌダークの話を聞くしかないこともわかっている。

 『……私はトレーズナイツになったことでEUの共有サーバーへのアクセス権をもらえた。そしてそこにあったある画像を手に入れた』