第153話 パズル


 「ど、どんな?」

 『それは大きなクレーター画像』

 「ク、クレーター画像? ヤヌ。ぜんぜん話が見えないんだけど」

 繰は脱力したと同時にヤヌダークの話の筋が読めずに焦りはじめた。

 指先がコンコンとリズミカルに机を叩いている。

 それは無意識な小さなストレスの発散方法だった。

 『まあ、聞いてって!? その場所っていうのがゴビ砂漠なの』

 「えっ? べ、別に砂漠にクレーターがあってもいいんじゃないの? 風の影響とかも考えられるし? でもゴビ砂漠っていえば私にはミドガルズオルムのイメージしかないわ。退治されたのはたしか約五年前よね?」

 『そう。モンゴルのキプチャク草原で退治されたのがそのミドガルズオルム』

 ヤヌダークはクイズ番組で正解を当てた司会者のように言葉を返した。

 「えっ、それも関係あるの?」

 『あるある大あり。ミドガルズオルムがモンゴルに現れたのが堂流の亡くなる三日前でモンゴル当局がミドガルズオルム討伐作戦中にバシリスクが現れたことになるのよ』

 「え、えっと。ヤヌ、ちょっと待って。私、こんがらがってきた」

 ヤヌダークはそこで――ふぅ~と息を吐く。

 

 『繰。私たちって国際交流会で出会ったよね?』

 ヤヌダークはいつかを懐かしむように話題を変えた。

 「そうだけど。それが?」

 『まあ、あれがなかったらこんなに親しくなることもなかったかもね?』

 「たしかにそうかもね~」

 『それは九久津堂流もボナパルテも同じだと思うの』

 「そうだよね。堂流もあのときボナと仲良くなってたし。……ボナなんて、今や……」

 繰は机の上にあるタッチペンを持って目の前にあるタブレット画面にそっと触れた。

 ペン先がグニャっとへこむ。

 それから画面を左右にスライドさせたりいくつかの操作を繰り返して、ボナパルテのページへに移動した。

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 Bonaparte

 

 読み:ボナパルテ

 国籍:フランス

 

 趣味:辞書をながめる。

 

 嫌いなもの:寒波。不可能なもの。

 

 好きなもの:寒くないところ。可能なもの。

 備考:トレーズナイツのナンバー2

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 「トレーズナイツの二番手なんてすごい出世だよね?」

 『そう。十年前はミドガルズオルムの援護部隊としてモンゴルに派遣されたこともあったのに、よ』

 「えっ、今なんて?」

 繰はヤヌダークのその言葉に引っかかった。

 本当に脳が光かったようにピーンとあるヒラメキがおこる。

 繰の中でバラバラだったパズルのピースが合わさっていく。

 ヤヌダークは――「だ」「か」「ら」と音符のスタッカートのように短く切った。

 『ミドガルズオルムの討伐に参加してたの。もう一度いうわね。ボナはミドガルズオルムの討伐に参加してたの』

 「も、もしかして!?」

 『そう。気づいた?』

 「ええ」

 (心の靄が晴れていく)

 『話をまた戻すわよ。さっき話したゴビ砂漠のクレーターはずっとミドガルズオルムの跡だと思われてたのね。でね、モンゴル当局が解析した結果バシリスクのものだと判明した』

 「バ、バシリスクの? 解析ってどうやって?」

 『鱗の形状。ほらアヤカシだって同種でもそれぞれ負力の構成要素だったりが違うわけでしょ。だからそのときは砂についた跡を皮膚片立体化法で復元したのよ。そしてそれを照合したってわけ。さらにその跡をさらに詳しく解析した結果なんとバシリスクははるか上空から弧を描くようにゴビ砂漠に落下してきたとモンゴル当局は結論づけた』

 (えっと、そうなると)

 繰の中でさらにピースが埋まっていった。

 「じゃあそこがバシリスクの最初の着地点ってこと?」

 『おそらくそう。私もバシリスクがどこから飛んできたのか知りたくてさっそくトレーズナイツの権限で部下に調べてもらったんだけど。その結果バシリスクの落下地点から逆算して始点を割り出した範囲に六角市もふくまれていたわ。だからバシリスクは日本からゴビ砂漠にやってきて数時間をかけてロシアへと北上したと考えるのが妥当ね。だけど問題はその数時間前にどうやって日本から飛んできたのか』

 繰はヤヌダークとの会話中でも考えごとをしていた。

 それでいながらヤヌダークの話もきちんと把握している。

 繰はこのときばかりは自分には脳がふたつあってそれぞれがそれぞれでタスク処理しているように感じていた。

 (その時間ってもう堂流はバシリスクとの戦いを終えてたころか…な……?)

 『バシリスクがどうやってゴビ砂漠にきたのかってことなんだけど魔空間を通ったわけでもないらしいの』

 (じゃあそのあとにモンゴルに飛ん……で。と、飛ぶ。……ん? 飛ぶ、飛ばす。飛ば……。飛ばした。飛ばしたんだ)

 ヤヌダークが「よ」をいい終わる前に――待って!!

 繰は声高にヤヌダークの言葉を遮ったそのあとに、ヤヌダークの伝え忘れのような「ね」が聞こえた。

 繰の中で長年背負っていた荷物が軽くなっていく。

 「私はその理由を知ってる。いや知ってたけど気づいていなかった。私はバカだ。堂流が国民みんなのためにしてくれたことを」

 『ど、どういうこと!?』

 今度はヤヌダークが聞き役に回った。

 (そっか、そういうことだったの。あのとき堂流はボナを買ってた)

 繰の顔から笑みが零れた。

 繰にとってそれは十年間堰き止められていた心が動き出すにも等しいことだった。

 壁に掛かっている時計と体内時計が同期して、繰の身に緩やかな時間ときが流れはじめた。

 十年前から世界は繰だけを置きざりにして回りつづけていた。

 それが今繰にも戻ってきた。

 皮肉にも繰にそれを与えた最初のきっかけは九久津が独りでバシリスクを退治したことだった。

 ――カチ、カチ。っと秒針と繰の心臓の鼓動が電波時計のように正確に重なっていく。

 『繰。教えてよ?』