「私もそのときのことはなんとなく覚えてるよ。お姉辛そうにしてたなって」
「あの日の私を救うとしたら望みはただひとつ。堂流の死そのものをとり消すこと。でもそれは叶わなかった。そんな中でも時間だけは過ぎていつからか季節にさえ追いつけなくなった。私がどんなに辛くたって世界は動いてたし朝がきて夜もきた。私がどんなに苦しんでても私の運命が私を優遇してくれることはなかった」
(あのときもし私の近くにオムニポテントヒーラーがいたならきっとどんなことをしてでも堂流を治してもらっただろうな。でもそんな能力者が偶然近くにいるわけがない。許せなかったなにもかも。だから壊したかった能力者たちが背負わなきゃいけない荷物を……三家の風習を)
繰は諸刃の剣が自分に返ってきたように感じていた。
(私は今どうして社長なんかしてるんだろう? どうしてもやりたかったことじゃない。……そんな私が社長をつづけていいのかな? 私はまったく社長業に身が入ってない。知らないうちに社員さんに迷惑をかけてるんじゃ……? 財務部長さんもどことなく呆れてたし)
繰に湧き上がってきた思いはわずかなときを経て悟る。
それがなんなのかを明確に理解し、つぎの株主総会で決着させようと誓う。
「あのノートは死ぬことに希望を抱いていた。いや死ぬことでしか救われないと思ってた。お姉……。私はただ話を聞いてもらいたかっただけかもしれない」
寄白は今の繰と同じく悲壮な顔をしている。
前髪の下ではたしかに表情が陰っていた。
寄白はそれでも頬に手を当て無理やり笑顔を作った。
六つの十字架のイヤリングが無機質に揺れる。
「いいのよ。私たちは姉妹なんだし」
(もしかして美子。その忌具に障られたんじゃ……? だとしたらそのノートって相当レベルの高い忌具だったのかもしれない。しばらく見守ってあげなくちゃ。もしものときは国立六角病院への連絡も考えないと。そうなるとエネミーちゃんにも影響が及ぶのかな?)
「美子。話が変わるけどエネミーちゃんには会ったの?」
繰は探りを入れるように訊ねた。
「エネミーが生まれてからわりとすぐに会った。エネミーは私の分身だからな」
「そっか。今日は?」
「会ってない」
(上手く訊き出せた。そっか……)
「あの娘。前の死者の絵音未ちゃんと違って明るいわよね? おもしろいし」
「かもな」
(死者を産み出した最初の儀式を思い出すわ。和紙の上を紙魚が歩いてて儀式が途中ですこし中断したのよね。今のところ美子の受け答えはしっかりしてるから魔障の症状は出てなさそう。魔障って本当に怖い症状もあるし。妖刀による歴史的な広域指定災害魔障。殺陣とか。それをおこなった人はもともとソシオパスだって話もあったらしいけど。……堂流はその人と対峙してるのよね)
繰は社長室に漂う重苦しい空気を振り払い、妹の寄白にヤヌダークとの会話を包み隠さずに話した。
寄白は聞き分けよくすぐに状況を飲み込んだ。
繰が話した大まかな内容は堂流がバシリスクをヨーロッパに飛ばした理由とその方法。
蛇がさまざまな国の裏で糸を引いて暗躍してたであろうことだ。
その話の流れから話題はバシリスクと九久津のことへと変わった。
「バシリスクは退治された。九久津も枕を高くして寝れるはずだ」
寄白のその言葉は九久津への思いやりとともに繰に向けたものでもあった。
この”枕を高くして寝る”という表現は世界のどこかでバシリスクが蠢いているという呪縛からの解放を意味していた。
「九久津くんって堂流が亡くなった日も千歳杉の前で寝てたんだったっけ?」
「ああ。でもあの日九久津は昼まで堂流くんと一緒にいたんだけどな」
「そ、そうだったの? 初耳」
「ああ」
「そ、そう」
(まさか堂流。九久津くんを排斥召喚で飛ばしたりしてないわよね? そんなことしたら九久津くん気絶しちゃうか? でも、そのときに堂流が蛇の存在を感じていたなら……九久津くん守るって理由で九久津くんを飛ばすこともありえるんじゃないかな?)
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