「どうした?」
「現状報告です」
「そうか。それで?」
「そのご空飛ぶ刀を目撃したという追加情報はありません」
「そうか……しかたがないな」
「あの。こんなことをいうのも烏滸がましいのですが……」
近衛の部下は恐縮しきりにいった。
「かまわん。いってくれ」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます。その刀を目撃したという一般人は本当に空飛ぶ刀を見たのでしょうか?」
「一般の協力者がうそをついているとでも?」
「はい。目撃者はたった独りじゃないですか? 近衛さんが信じるならたしかな理由はあると思うのですが……」
「空飛ぶ刀を見た一般協力者は”戸村伊織”という」
「女性ですか?」
「ああ」
「あの。そのどこにその情報が信頼のおける情報だという根拠があるのでしょうか?」
「彼女は病院の看護師だ」
「じゃあ。国立六角病院の?」
「そうだ。九条と一緒に診察することもあるそうだ」
「なるほど」
部下は近衛のその言葉を聞くまで空飛ぶ刀などどこか眉唾物で近衛が信じているからという理由だけで自分もただ受け入れていた。
ふつうであれば国が一般協力者の空飛ぶ刀の目撃情報をなんの証拠もなく鵜呑みにすることはない。
部下の信頼度がここで極端に高まった理由はまず戸村伊織が国立六角病院の看護師だったことだ。
国立六角病院の看護師であればアヤカシをはじめ忌具、魔障は身近なもので知識としても一般人とは天と地ほどの差がある。
また魔障専門医の九条と一緒に働いているということが銀行の格付けのようにさらに信頼度を高めさせた。
そんな場所に身を置く人間であり、さらに上司である近衛と同期の九条の同僚。
明確な物証は提示されていないにしろ”戸村伊織”は信じるに値する人物だった。
「疑ってすみません。刀のことは引きつづき調べます」
「ああ。頼むよ。それになにか疑問があればすぐにいってくれ? 高校生の沙田くんでさえガツンといってくるからな。――じゃあ、情報管理を見直したほうがいんじゃないですか? バシリスクのときにそういわれたよ。それを官房長に進言すると官房長自身もそう思ってたみたいだけれど」
「か、官房長まで意見が伝わってしまうなんて。と、とんでもないです」
部下は当局内において神にも等しい官房長の名が出て目を見開いた。
「なにをいってるんだ。おまえだって国交省の職員。超のつくエリートだろ?」
「いえいえ。あっ、つ、つぎの情報です」
「国家一種に合格したんだろ?」
「ええ。まあ、はい、それは」
「謙遜するな。それをエリートというんだよ」
「は、はい」
部下も近衛に褒められて悪い気はしなかった。
「自信を持て」
部下はこくっとうなずき一枚の紙を広げた。
「つぎの情報を読み上げていきます」
「わかった」
「――現在拘留中だった男は消えた。というよりも消失。恐らくは本来の世界に戻ったんだろう。政府、財務局及び造幣局が調べた結果間違いなく本物でこの日本の技術の粋を集めた硬貨だ。個人や大規模な犯罪組織でも偽造は不可能――」
「なるほど」
近衛はとくに表情も変えずにそれを受け入れた。
「あ、あの近衛さん。これはどういうことか僕が訊いてもいいのでしょうか?」
「かまわないよ。ここ数ヶ月のあいだ日本各地で謎の偽造硬貨が使用されたのを覚えてるか?」
「あっ、はい。ありましたね。最近も北海道コンビニエンストアで777円硬貨が使用されたとか。じゃあ、その777円硬貨は本物だってことですか?」
「そうだ」
「でも、あれはたしか修文30年という聞きなれない元号の硬貨だったはずですが。今は平成です。それが本物とはどういうことですか?」
近衛はおもむろに部下の方へと向き直した。
「昭和が終るときにつぎの元号の最終候補は三つあったとされる。それが平成と修文と正化」
「そうだったんですか?」
「ああ、そして昭和のあと平成になった。それはなぜかというと三つの新元号をローマ字表記したとき平成、修文、正化の頭文字は”H””S””S”になる。このため昭和の”S”とバッティングを避け頭文字が”H”の平成になったとされている」
「そんな経緯があったんですか!? でもそれが修文硬貨とどう繋がるんですか? だって本物という鑑定が出てるんですよね……? あっ!?」
「察しがいいな。おまえはやっぱりエリートだよ」