第162話 終末時計


 「修文の世界と平成の世界が重なった。正確には交通したってことですね?」

 「ああ。そのとおり。修文の世界では777円の法定通貨ほうていつうかが流通しているってことだ」

 「……777円。そんな使いづらい硬貨が」

 「それを国会で承認した政府があるってことさ。ここ数ヶ月で見つかった硬貨はその777円硬貨一枚を除くと111円が二枚、222円が四枚、333円が四枚、555円が十枚888円が三枚」

 「それらから類推すると修文の日本政府は連番硬貨を発行してるってことですね? 単純に考えればこの平成の世で発見されていない硬貨444円、666円、999円硬貨もある」

 「同じ意見だ。それら九枚の硬貨の他に当然1円、5円、10円、50円、100円、500円硬貨もあるだろう。すべてをたすと合計十五枚の硬貨が存在することになる」

 「なにもかも非効率ですね? それらの連番硬貨は記念貨幣の可能性はないのでしょうか?」

 「平成の世界で777円硬貨一枚を使用しただけならその可能性はある。ただ平成の世界にきた。正確には運ばれてきた修文の世界の人間すべてが連番硬貨を使おうとしているところをみると、それらの硬貨は日常生活に根づいた正式な流通通貨なんだろう」

 「なるほど。そうなると修文の世界に1円から500円の六枚の硬貨は存在しないのでは?」

 「いいや」

 近衛は静かに首を振った。

 「その硬貨がないと釣り銭を払うことができない」

 「あっ、そうか。では修文の世界の人はそれだけの硬貨を日常的に使用してるってことになりますね?」

 「だろうな。ただ平成の世界にもあまり使用していない二千円札がある」

 「……どっちの世界にも最低限必要な紙幣と硬貨だけが存在しているわけではないということですね?」

 「ときの政府がどういう理由で通貨を発行するかなんてわからない。……拘留中の男がいっていた――ふつうに買物をしようとしただけなのになぜ逮捕されたのがわからない? 国が発行した通貨を使ってなにが悪いのか?――という言葉はまったく他意のない本心だったんだよ。たまたまこっち・・・にきたばっかりにその硬化を使えなかったどころか身柄拘束までされてしまった」

 「そうですよね。それら案件は”神隠かみかくし”で処理されるってことですよね?」

 「ああ、そうなるな。単純・・神隠し。それぞれの事件は単体で起こっているからな」

 「広域指定災害魔障はふたり以上の失踪ですからね。男が留置所から消失したというのは平成の世から修文の世界に帰っていったってことですね」

 「そういうことだ。厳密にいえばその男は平成の世界と修文の世界の重複ポイントに居ただけだ。動いているのは人物ではなく軸のほうだろう」

 「どうしてそんなことに……」

 「この世界の負力と希力の比率が相当崩れてきてるってことさ。多くの神隠しは目を離したわずかな時間に人が消えることが多い。そのさい両世界では等価での時間交換がおこなわれる。数秒で消えたのならばそれは数秒の時間交換。今回の事件は買い物のあとに身柄も拘束されている。すくなくとも数時間の時間交換があった計算だ」

 「数時間も世界が重なっていた……。でも負力と希力の均衡が崩れることは世界中の当局でも想定内だったはずでは?」

 「”想定外”を想定に入れた想定基準値・・・・・からも逸脱したってことさ」

 「つまりは誤差をも踏まえた適正値を超えたってことですね?」

 「そうだ。ここ数ヶ月で似たような偽装通貨事件が約二十件近く起こっている。すべて同じ仕組みの事件だろう」

 「X(並走)軸がこんなに食いこんでくるなんて……」

 「本来この世は負力が多い当たり前なんだ。よほどX(並走)軸が傾いたとみえる。事態はあまりよくないってことだ」 

 部下はそのまま――あまりよくない。とつぶやいた。

 「……あの……」

 「どうした?」

 「あの話は本当なんですか? 終末時計……」

 「あ~あ」

 

 近衛はすぐに部下の意図を悟った。

 「本当だよ。終末時計の針が進むごとに世界の終末おわりに近づく。そして具現化した終末時計はジーランディア大陸にある。驚いたか……?」

 「多少は、ですが……自分もこんな仕事をしてる人間です。驚天動地きょうてんどうちということはありません。……近いんでしょうか?……カタストロフィーは」

 部下は伏し目がちに近衛に訊き返した。

 その目は人工的に造られた無機質な壁をながめている。

 「近くもないが遠くもないってところだろう。人は漠然的に世界の終わりを知っている。理科の授業で習ったりするだろ? 太陽の寿命が残り何十億年だとか。そうなれば必然的に人類の終末おわりだ。まあ、そのていどの話だ。気に病むな」