第167話 仮面の男たち


 ヤヌダークはロベスとの距離をとった。

 だがロベスは影のようにその間合いにぴったりとついてくる。

 ヤヌダークとロベスの足音が寸分なく揃う。

 戦局的に優位なロベスは――くく。と気味の悪い冷笑を響かせた。

 (この距離感……。主導権はあっちか)

 「あんたこの前トレーズナイツの中に裏切り者がいるっていってたわよね? あれってブラフなんでしょ?」

 「そう思うならそう思えばいいし。けど俺はあのときうそだって断言したはずだけど」

 ――ねっ。ロベスは語尾を強調させた。

 (くそっ!? 白か黒かわからない。それに私を評価した人に訊いてみるってまるでトレーズに知り合いがいるような口振りだった。仮にそれが本当なら裏切者がいるってことになってしまう)

 ロベスは威嚇するように右手をあげた。

 赤いマントがばさっと風にひるがえる。

 ヤヌダークはとっさの防御態勢で交差させた腕のあいだからロベスをのぞき込む。

 

 「あっ、やっぱり本当だった」

 ロベスの腕はまるで蚊でも払うようにばっと宙を切ってからだらりと下げた。

 

 ――かもしれない。くつくつと笑う。

 (今の手は……おとり。そうよ、そうなのよ。私が嫌いなのはそのどっちつかずなところ。本当にやりづらい。敵がうそって断言したら本当かもって思うじゃない……でもロベスのいうこと意味なんてないのかもしれない。……ダメだ。また私は踊らされてる)

 「あんたいったいなにを知ってるの?」

 「なにも知らない・・・・・・・ことを知らない・・・・・・・ことを知ってる・・・・・・・

 (また意味不明な言い回しにされた。結局知ってるの? 知らないの?)

 「てか意味を考えろよ。トレーズの?」

 ロベスは小刻みに肩を震わせ空笑そらわらいしてヤヌダークを牽制するようにまた右手をかざした。

 くうを切る腕から一瞬綿菓子わたがしのような煙が宙をくゆった。

 

 (つぎの一手も囮のはず)

 ロベスの手から焦げたにおいと同時に焚火たきびのような火の手が上がりそのまま勢いよくロベスの手を覆っていった。

 ロベスはヤヌダークに向けて手のひらをかざす。

 (しまっ)

 

 ロベスのヤヌダークの隙をついた先制攻撃かと思われたがロベスのした火は水をかけたように瞬く間に消えた。

 「どう驚いた?」

 「なっ」

 

 (くそっ。また、遊ばれた)

 

 ――くく。

 「トレーズの意味? フランス語の十三でしょ。それがなに?」

 ヤヌダークは顔をしかめ、湧き上がる怒りを冷ますように言葉に熱量を込めた。

 しだいに心は冷静さをとり戻していく。

 「十三だよ。十三。トレーズナイツにいる十三人。当然いるだろ?」

 「なにが? 裏切者のこと?」

 「そう。裏切者ユダが」

 「ユ……ダ」

 (そういう意味か。トレーズナイツはフランス大統領直下の十三部隊の十三人。使徒にたとえるなら十二使徒。しゅを裏切った使徒がユダ。それを穴埋めしたのがマティア。入れ替わり含めて総勢十三人でトレーズナイツ。最近トレーズに昇格した私をマティアに見立てたのね。なら私にトレーズ内にいるユダを探してみせろってこと? いいやトレーズに裏切り者なんていない。私だってやられてばっかじゃない。すこし揺さぶってみるか)

 「私がやらなくていいことをしたってなんのこと? バシリスクの見張りを倒したこと?」

 「へ~見張りだったのに気づいたのか?」

 (やっぱりあれは見張りだったのね。ってことはロベスはバシリスクの主側ぬしがわの人間で重要な秘密を握っている。蛇はやっぱりヨーロッパ圏にいる)

 「って見張りってなんのこと? あれ・・は違うんじゃない」

 ロベスは話の中身を百八十度変えて両手をぱっと広げてコメディアンのようにおどけてみせた。

 (ひとつ確信できた。ロベスは今あれ・・って指示代名詞を使った。見張りだろうが護衛だろうがロベスあいつはバシリスクと悪魔の位置関係を知っている)

 「よそ見してると怖~い人がきちゃうかもよ。くく。うしろ気をつけて!?」

 その言葉にヤヌダークに悪寒が走る。

 ロベスからの不意打ちに備えて流し目のまま寒気を感じた方向へ一ミリ、また一ミリと首を傾けていく、見据えた先にいる何者かと眼が合う。

 (あの男の眼……。その眼に映るすべてを憎悪の対象にしている)

 その男はまるで空爆された廃墟を前にしたようにヤヌダークをじっと見ていた。

 

 (底なしの闇。目の奥に宿しているのはこの世への怨恨うらみ

 黒いセミロングの髪に青いマントで顔の左半分を仮面で覆っている。

 その仮面がもし左右対称でひとつであったなら仮面の中央にはアゲハ蝶の模様があり、まるでロベスの仮面と左右でひとセットのようなデザインだった。

 「ウスマ」

 ロベスは親し気に声をかけた。

 ウスマと呼ばれた男はロベスの問いに答える気配もない。

 それどころかその場から一ミリたりとも動かず、言葉さえ噛み殺すように口を結んでいる。

 (ウ、ウスマだって……あの殺陣さつじんを引き起こしたあの? ロベスと知り合いなの? しかもモンゴルからなぜフランスここに。こいつも蛇の件に噛んでる? でも間違いなく世界中でなにかが起こってる。そしてそれは良いことじゃない)

 「さあ、楽しみになってきた。あと十日だしな。例のゲール埠頭」

 ロベスはその場に似合わない口調でヤヌダークにいった。

 「ゲール埠頭になにがあるっていうのよ?」

 「それはいってみてのお楽しみ。あと今日はお土産忘れちゃった」

 「土産?」

 「この前のゴブリンとオークみたいな余興だよ」

 

 ヤヌダークはロベスの言葉を聞きつつもウスマを警戒している。

 ウスマは彫刻のようにただ黙ってその場所にいた。

 いやある・・と形容してもいいほどだった。

 (あの口元。言葉が無意味なことを知ってる人……。戦火の中で何度も見てきた眼。救いなんてないことを知ってる人の眼)

 「そんな余興ならいらないわよ!!」

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