第172話 国家


 「なるほどそういうことじゃったか? ある種獅身女との戦闘いま起こったようなことがモンゴルとヨーロッパでも起こっていたということじゃな? 国益のための隠蔽、が」

 「はい。イタリアの【ディオ・スペッキオ】の紛失の隠蔽だってそれは国の威信を守るためですし。イタリアの担当官も国内のパニックを招きかねないことを懸念し、あの隠蔽しょちは治安維持政策だったと非公式ながら半公式の声明を残しています」

 「とはそういう場所じゃ。それと話は少々変わるんじゃが蛇の存在がまさかフランスの中枢にまで届いておるとはのぅ」

 「僕と堂流が仲良くなったときにヤヌダークと繰も親交を深めてましたから。ですので繰からヤヌダークに伝わった話を僕が聞きあるていど精度の高い情報だと僕が判断しましたのでフランス当局内でその話をしました」

 「なるほど……たしかに蛇については寄白校長がいちばん最初にいい出したことじゃった……。感覚的になにかを感じとったんじゃろうな」

 「いちおうトレーズナイツでもヤヌダークと繰の話からその蛇という存在を警戒するように動いてはいるのですが、なにせ確実な証拠がないため口頭での注意喚起に留まっています」

 「う~ん。たしかに十年前わしも五味校長も六角市にいないときに九久津堂流とバシリスクの対決あの事件が起こった。堂流くんがそこまで考えて動いていたとは。まあ元から天才じゃったからのぅ。弟の毬緒くんも引けをとらない能力者じゃが。寄白校長のいう裏をとられたという表現は正しい。わしも鷹司くんに進言してみるからきみたちもフランス当局として日本政府に一報だけでも入れてくれんか? それなりの役職を折り紙につけなければ国は動かんのじゃよ」

 「わかりました。フランスの外交役は僕ですので僕が正式な手順で伝えます。ただ僕がヤヌダークからその話を聞いた日に外務省の一条には世間話ていどのニュアンスで情報は伝えてあります。……ルイもヤヌダークと繰の説は正しいだろうといってました」

 「ルイくんそういうなら寄白校長たちの推論もかなり信憑性が高いということじゃな。日本とフランスだけでも最初に足並みを揃えればそれに追随する国もいくつかはあるじゃろ?」

 「そうですね。ヤヌダークは蛇がヨーロッパ圏に潜んでいると考えているようでしたが、僕とルイは判断材料がすくなく予断よだんはしていません」

 「蛇のねぐらか……」

 「まあ、現段階で蛇の居場所なんてわからないでしょう……。そんなすぐに尻尾をだすやつならこんなことにはなってないでしょうし。……話は変わりますが、今回、僕が升さんをお訪ねした理由なのですが……」

 「おお。そうじゃった。そうじゃった。獅身女あやつの出現ですっかり忘れとったわい」

 升はパチンと手を叩いた。

 「それで?」

 

 「日本の固有種である座敷童についての情報をお訊かせ願えないかと」

 「おお、あのわらしの、か?」

 「はい。どうして被虐されつづけた子どものアヤカシがあんな希力を蓄えることができるのかを知りたいんです。じっさいに日本の土地を歩きその空気に触れたほうが理解が深まるかと思い来日したしだいです」

 ボナパルテは大きく夜気を吸い込んだ。

 「本当に日本は平和ですね? やはりそういうのとの因果関係もあるのでしょうか……? 最近はフランスうちでもテロが増えましたから」

 

 「たしかに日本は平和じゃ。じゃがのぅボナパルテくん。日本は有事のさい近衛くんのいる国交省の許可を得ずに戦車は公道を走れないんじゃよ。そんな縛りがいくつもある。それが他国よりもすこし平和だというのなら聞こえはいいのかもしれんがのぅ」

 「そうなんですか?」

 「ああ、そうじゃ」

 升がそう首肯しゅこうしたあとに――あのわらしはたしか……鷹司くんと……。

 と言葉をつづけた。

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