俺は開放能力の夜目だって知らないうちに使ってたんだ。
だから寄白さんも九久津も俺の<俺が使ってたこと>に気づいてたはずだ。
なんせ俺はあの四階でふつうに動いてたんだし。
あのとき俺は――たしかに闇にまぎれてるはずなのに壁の色が白く見える。
夜の野外で景色を見ている感覚に近い、でも本当にその状態なら色までは認識できないよな~?――って思った。
俺自身にもふつうとは違う感覚でそれを不思議に思う心当たりがあったってことだ。
転入初日のバス停でバスを待ってるあいだ南町にⅡが出現していたみたいにはじめて俺は四階で開放能力を使ったのか? それとももっと前から使っていたのかはわからない。
なんたって意識的に使ったわけじゃなくて無意識に使ってたんだから。
俺は「六角第一高校」転入する前まではなんの変哲もないただの高校生だった。
自分の意思とは無関係に能力を使っていた可能性もある。
いや、その可能性のほうが高い。
ただ、それさえも能力者として開花するためのアイドリングだったのかもしれないけど。
寄白さんも九久津も俺が開放能力を使いこなしているとわかれば俺にもう一回開放能力のことを教えるなんて二度手間はしないだろう。
当然、校長にその話は伝わらないから俺に教えることもない……よく考えれば単純なことだ。
きっとそんなふうな経緯ですれ違っただけ。
……話は変わってみんなが俺の中にいるラプラスを待っていたのはなんでだ? 鵺を倒したのはⅡだったわけだし、だとしたらラプラスはⅡ以上の力を待ってるってことか?
……いや、ラプラスの出現こそが俺の能力覚醒の合図だったのかもしれない……そうだ。
間違いない。
――さだわらし……沙田……いったいいつになったら本気出すんだよ?――
寄白さんのいっていた本気とはつまり俺の能力の覚醒を示してたんだ。
死者の反乱でⅡが出現してからそんなに時間は経ってないけど、今の俺は意図してそこそこⅡとⅢ使える。
俺の特異体質が消えて大きく体調が変化したのも死者のときだから、死者の反乱の日が俺の体調の変化の分岐点だったわけか。
只野先生との会話の中で――なるほど。大きな転機で体質が変わることもよくあるからね。その特異体質の消失と引き換えに【啓示する涙】が悪化したのかもしれないかもしれない。沙田くんの特異体質って生まれつきだったの?――ってのがあった。
間違いないあのときが俺の本格的な覚醒の第一歩だ。
……覚醒? ……開放? 頭の中のあの声、それにラプラスの声、そしてⅢ……なんとなく体からなにかが解き放たれような感じがある。
てか、ラプラス自体にもなにか特殊な力があるのか? ちょっと時系列に並べてみるか。
俺は十年前俺の知らないところでⅡを出現させていた、そしてそれが鵺を倒したとされている。
けれど俺にその記憶はない。
ただ大きな恐竜に会って浮かれてたってのはなんとなく覚えてる。
あれはⅡが南町の雨を見てたような状態だろう。
俺にその意識はないけど勝手に出現して勝手に動いていた。
只野先生との話から考えると、この日にはもう【啓示する涙】には罹ってたっぽいんだよな。
赤い涙を流した記憶はないけど特異体質になったのはその日からのような気がする。
あっ!?
特異体質と【啓示する涙】の接点が見つかった。
もしかするとあの日俺は特異体質も【啓示する涙】も同時に発症したのかもしれない? 発症というより体にとり込んだ……?
俺の体を100の入れ物として特異体質と【啓示する涙】を同時にとり込んだ場合を考えてみる。
特異体質に50【啓示する涙】に50をそれぞれ使う。
死者との戦いで特異体質が消える。
つまり100のうち50の【空き】ができる。
俺は、もう一回、只野先生の言葉を思い返す。
――特異体質の消失と引き換えで【啓示する涙】が悪化。
そうなれば50の【空き】部分に【啓示する涙】が入ってくる、これが悪化という表現。
やがて俺の100は【啓示する涙】になる。
これが十年前【啓示する涙】に罹ってたけど今になって赤い涙を流すようになった理由と考えれば辻褄は合う。
……鵺のとき……あっ、あの声の人って、い、いや違うか? 記憶が曖昧だな……。
待てよ。
仮に鵺と戦いの日に初めて俺が【啓示する涙】に罹ったとすれば、その日、俺の中にソレが入ってきたってことか……? あるいはソレが入ってきたことによって俺は特異体質と【啓示する涙】に罹った? う~ん、わかんねー。
そもそもあの恐竜のとき、いや鵺が出現した日、傷だらけの顔の人が家に送ってくれたんだよな、そこはなんとなくだけど覚えてる。
結局あの人って誰だったんだろう? 家に送ってくれたんだからその人が俺の中に入ってきた【啓示する涙】のソレにはならないだろうし。
――『ときがきたら君の力を貸してほしい』って声はどことなく九久津に似てた……となるとあの声は【啓示する涙】のソレとは別か?
ダメだ。
やっぱ、ぜんぜんわかんねー。
よし、つぎ、それから約十年俺はなにごともなくふつうの小学生と中学生をやってきた。
その間すでに寄白さんも、九久津も、社さんもアヤカシとの戦っていた。
ただ、俺もまったく接点がなかったわけじゃない。
もちろんそのときは表の入口から入ってるけど俺は社会科見学で通称山研、正式名称「YORISHIRO LABORATORY」にいっていた。
気づかなかっただけで寄白さんたちとのニアミスもあったかもしれない。
六角駅の繁華街でなら一回や二回くらいすれ違ってるよな。
それは前死者の真野さんにもいえることかもしれない。
目には見えないけど、そういうすれ違いや出会いや別れを運命って呼ぶんだ。
俺たち高校生能力者たちの運命。
――園児のときにドッペルゲンガーと目が合って感じた寒気。
――小学生のとき交差点で車が突然消滅した。
――中学生のとき空に光る謎の物体を発見した。
――幼いころ水陸両用の翼竜を見た。
あっ、俺って園児からの成長の途中でちょいちょいなにかしらオカルティックな出来事に遭遇してる。
そして「六角第一高校」に転入してからの開放能力の使用。
時系列に並べて整理したらよくわかるけど、俺はスローペースだけどそういう出来事を経て徐々に能力が開花してきてるのか。
それで死者との戦闘でラプラスが出現して完全に覚醒ってことでいいのか? そういや”アヤカシとの戦に巻き込まれた”って思いも本心は違うな。
もの凄く拒絶して一秒でも早く逃げ出したい「六角第一高校」になんてもう二度と近づかねーなんて思ったことはない。
どこかでなるべくしてなった気がする。
俺のこの能力を誰かのために役立てたいと思う。
それは単純に子どもが警察になりたいって思うような感覚……使命というか、運命というか俺が絶対にやらなきゃいけないことのような気がする。
毎日のように不条理と理不尽に人が傷つくそんな世界を変えらねーかな? 校長が座っている椅子の重心がズレて――ギシッ。っと軋んだ。
おっ、事務仕事がひと段落したみたいだ。
「沙田くん、待たせてごめんね。それでね寄白家と九久津家、真野家には預言じゃないけどいずれ起こることが書かれた古文書があるのよ」
「えっと、じゃあ、そこに僕のことが?」
預言か。
どのみちあの預言の書はガラクタだったけど忌具保管庫にも「預言の書」があったからなんとなく預言って言葉は気になる。
只野先生が「忌具辞典」を調べた結果、預言の書に共鳴して赤い涙を流した前例があるっていっていたからその点も気になるな。
「うん。まあ」
「僕の中にラプラスがいることもですか?」
「えっと、そ、のような」
校長の言葉は歯切れ悪くなった。
「ものかな。はっきりと沙田くんのことが書いてあるわけじゃないんだけど。これから起こること、といっても”沙田くんらしき人がその力を発揮する”……くらいボヤけた内容でね。しかも古文書の文面は三家がぜんぶ同じってわけじゃないらしいの。それに三家は各家系に古文書を見せてはいけないしきたりもある。ただ、沙田くんらしき人がラプラスを秘めているとはっきりと書かれていた」
へ~そんなしきたりが、そっかその三家って由緒ある家系だもんな。
そんな家系のしきたりや風習はキツそうだ。
でも寄白家は現代じゃ株式会社ヨリシロで大企業。
だから校長は「六角第四高校」の解体工事で六芒星の一点を崩そうとしたわけだし。
けど最近は工事自体がストップしてる気が……。
建築関係者じゃないからわからないけど、ただ俺は違う意味で一般人でもない。