なんとなく空気も重いから仕切り直しってわけじゃないけどアイドルの話からはじめてみよう。
受話器越しにもワンシーズンの話がちらっと出てたし、いや、これは盗み聞きじゃなくて不可抗力で耳に入ってきただけだ。
あらためて思うけどワンシーズンって校長と電話相手の話題に出るくらい有名なんだよな。
「昨日、魔障になった娘が国立六角病院にきてましたよ」
「……ん?」
「それがあのワンシーズンのメンバーだったんですよ」
「知ってるわよ」
会話としてなんの突っかかりもなく話がつづいた。
でも、なぜだか校長はそのことを知っていた。
誰に聞いたんだろう?
「なんで知ってるんですか?」
「昨日のイベントは株式会社ヨリシロ主催だったからね。そこで具合が悪くなった娘がいたって連絡があったの」
そういや只野先生が株式会社ヨリシロがイベントプロモーターとかいうのをやってるっていってたか?
「株式会社ヨリシロって芸能関係の仕事もしてるんですね?」
さすが大企業の株式会社ヨリシロだなんにでも関係してる。
「えっ、まあ株式会社ヨリシロが手広くやってるのは間違いないけど芸能関係というか著名人に仕事を依頼してるっていったほうが早いかな。会社の形態でいうなら総合商社に近いわね。それとワンシーズンのミアちゃんはうちの生徒だからサポーター感覚でちょっと贔屓目」
はっ? 校長、いや校長様、今なんとおっしゃったんですか? うちの生徒? えっと、よく考えろよ俺。
うちの生徒とは「六角第一高校」の生徒ってことだよな? たしかにあのミアって娘は六角市出身って大型ビジョンでいってた。
それとこれとを繫ぎ合わせて導き出される答えは……。
年齢でいうなら、ちょうど高校生の歳だ。
なら六角市のえーっと。
「ミアちゃんがアイドルになるかどうか悩んでたから私が背中を押してあげたの。応援するからチャレンジしてみなさいって」
えー!!
俺があれこれ考えてるところに校長がぶっこんできた。
ということは校長のおかげでミアって娘はアイドルになったてことか? しかもワンシーズンのメンバー。
そ、それはよく聞く恩人ポジションですか?
「そ、そうなんですか?」
――むかしはこんなに小さいくてね~。
――よく一緒にご飯を食べたものよ~。
のやつか。
ミアって娘が母校訪問企画したら「六角第一高校」にくるのかよ!?
「いまだに六角第一高校に籍は残ってるし。ただ、もうそろそろ転校か休学か退学かどうするか決めなきゃって悩んでたな。今は私の裁量で学校外活動として認めてるけど」
さすがは校長理解ある大人だ。
校長みたいな人が多ければ世の中はもっと他人に優しくなれる気がする。
「ちなみに在校生のほとんどはその事実を知ってるけどね」
校長は俺を――あれ、知らなかったの? ふうに見てる。
「マ、マジっすか?」
ヤベっ、タメ口になった。
けどぜんぜん知らなかった。
寄白さんも九久津も俺に教えてくれなかった。
いや、あのふたりはアイドルに興味がないというか、その真裏の世界にいる人だから俺から訊かないと答えないよな。
「うん。けどミアちゃん雛が怪我した日くらいからまったく登校してないのよね。授業自体はeラーニングで受けてるんだけど。いざアイドルになると相当悩みごとも多いらしくてね」
「それはあると思います」
「沙田くんどうしてそんな内部のことわかるの?」
校長は俺を――きみアイドルだっけ? ふうに見てる。
「えっとですね」
えっ、あっ、そっか、校長はなにが原因でアスって娘が魔障になったのかは聞いてないんだ。
あれをいうべきかいわざるべきか悩むな。
「なにか知ってるの?」
校長はほとんど関係者みたいなもんだし、昨日国立六角病院に魔障の患者が現れたことは知ってるんだしいってもいいな。
「そうなった原因はメンバー間のイザコザじゃないかって看護師さんがいってたので」
「えー!? 魔障の原因ってそっちなの? てっきり罰当たりなのかと。ほら、今のアイドルって体当たり企画で心霊スポットなんかにいったりするでしょ?」
「原因は違うみたいですよ。なにやら嫉妬だとかが渦巻いてるようで」
「まあ、年頃の女子がたくさん集まればそうなるかもね。とくにワンシーズンってアイ。マイ。ユウ。ユアの四天王がいるからね」
そうなんだよなあの四人のことはたいていの人は知ってるからな。
鉄壁の知名度、他のメンバーはそれをどう乗り越えるのか。
って俺が考えるよりもメンバーたちのほうがその辛さを知ってるんだろうけど。
「そうですよね~。けど、まさか国立病院があの山研だったなんて知りませんでしたよ」
「六角市の人はみんなあそこを山研って呼んでるのよね~」
「す、すみません」
ヤバっ!!
いつもの癖というか長年の呼び名でついつい山研といってしまった。
子どものころからそう呼んでたんだからそうそう変えられるもんじゃないよな、と自分を弁護する。
市民が山研と呼ぶ施設の正式名称はYORISHIRO・LABORATORYでY-LAB。
ただ、それも昨日知ったことだけど。
校長もY-LABとそこに併設されてる国立六角病院の建物が山研って呼ばれていることを知ってたんだ。
まあ、六角市民の愛称だから校長だってれっきとした六角市民だし、それくらいのことは知ってて当然か。
「株式会社ヨリシロの系列施設なんてまったく知らなかったので僕も知らないうちにそう呼んでました」
「まあね。根づいた名称をいまさら変更するなんてほぼ不可能だし。市民のかたには好きなように呼んでもらってかまわないんだけど」
校長もその辺りのことはよくわかっていた。
愛称なんだからいちいち目くじら立ててもしょうがないよな。
この話題はこれで終わりにしよう。
「けど、いつの間にあの儀式やったんですか? 昨日、真野エネミーに会ってびっくりしちゃいましたよ」
「儀式ってなんの?」
「なんのって? だって真野エネミーが誕生したってことはあの儀式をやったってことですよね?」
校長なにいってんだろ? エネミーが存在してるんだから……儀式といえば死者を誕生む儀式以外ないのに。
「さ、沙田くん……死者を誕生させるのにどうして儀式をするって知ってるの?」
「えっ、だってそんなのふつうに知ってますよ」
「ど、どこの誰に訊いたの?」
校長の表情が一変して校長室の空気が変わった。
そこで俺はようやく理解した。
それは「知っていてはいけない」ことなのだと。
「どこの誰に訊いたわけでもなく僕の記憶の中に死者イコール儀式で誕生するって知識がありますけど……」
あれって立ち会った関係者以外知らないことなのか? 関係者以外が知っていてはいけないことで一般常識じゃないって校長の顔がいってる。
六角市の常識で考えると……「シシャ」は六角市の十五歳から十八歳までの中に紛れ込む。
それが六角市民が知っている噂だ。
「シシャ」が儀式によって誕生すること……って、そ、そっかそもそも市民の多くは「シシャ」がどこのが誰なのかすら知らない。
どころか本当に存在しているのかもわからないんだ。
「儀式は公な情報じゃないのよね。それにシシャを誕生む儀式なんて一度だけの催事だったはず」
校長の言葉に間が空いた。
俺はその言葉の意味を知っている。
前死者の真野さんがブラックアウトするという前代未聞の事件が起こったからだ。
アレがなければもう一度あの儀式をおこなう必要はなかった。
「ただ死者の反乱でもう一度おこなうことになってしまっただけ。でもまあ、あの儀式については関係者でならCランクの情報だし沙田くんがどこかでその情報に触れていても不思議じゃないといえば不思議じゃないんだけどね」
「……紙魚って虫が和紙の上をちょこちょこ歩いてて。儀式がすこし中断したんですよね?」
「し、紙魚って。あ、あの小さな虫のことよね!?」
校長が突然、今まで出したことがないほどの大声をあげた。
俺、そんなヤバいこといったかな?
「そうです。本の中にいるエビのような小さな虫です。あのそれがなに……か……? 校長? 校長?」
俺の声は届いていない。
校長はまるで心だけ儀式の日に飛んでったよう壁の一点見つめている。
この表情は誰がどう見ても考えごとをしている顔だ。
「校長? 先生?」
校長はまだなにか考えごとをしてるようで俺の声はぜんぜん届かなかった。
「あのもしかして紙魚のことを知ってるのも変ですか?」
「えっ?」
校長はビクっと肩を竦めてやっと応答してくれた。
意図して考えごとをはじめたわけじゃなくて、ふとした瞬間に過去の出来事が甦ってきたんだろう。
そうあの儀式の日に。
「えっと、うん。そ、そうね」
「そうなんですか{た}。でも{ぐ}僕はあのとき……」
「さ、沙田くん、今、話の最中に――”たぐ”。って聞こえたんだけど」
「えっ? いや、僕はなにもいってませんよ」
なんか心が騒ぎはじめた。
驚いたあとのドキドキがずっとつづいてるような……俺の感情じゃない誰かの心を外側からみてるような。
例の感覚まさかまた赤い涙が? やべーこのドキドキ早く収まらないかな? 校長はまだ動揺してるし。