第203話 創世の神話 黎明(れいめい)


さあ、はじめよう起源から、いや厳密には起源でもなんでもない。

 回帰ループでも開祖はじまりでも再開リスタートでもない。

 分岐的回避エルセによる再編措置。

 ときが過ぎていく、また何百年が流れたのか。

 天に空が地に足元が形成された……幅と奥行きと高さホシのすべてが二次元から三次元へと変わっていく。

 平面と曲面、平面と立体すべての拮抗が解除されて調和する。

 「運命。わたくしもお手伝いいたします」

 「宿やどみ。いたのか?」

 「ええ、時間ときの中でとあるにきました」

 「また創生のイブとしての役目を果してくれるか?」

 「はい。では摂理を決めます。そして必要なものを分けましょう」

 俺はぐるりと周囲を見渡した原始大気げんしたいきも生成されたようだ。

 もやの中に無数の粒子が散っている。

 やがて環境も整うだろう。

 「では、決めておいてくれ?」

 「はい」

 {{ラプラスの魔}}

 七つのラッパ……因果よってもたらされる結末は同じか。

 罪火つみびソドム。

 咎雷きゅうらいバベル。

 辜水こすいノア。

 

 神罰。

 重なる罪……また繰り返すのか? 根本的な解決はオリジナル・シンげんざいをどうするかにかかっているのかもしれない。

 {{具現化インカーネーション:ラプラス}}

 小さな球体がふわっと現れ、その球体の真ん中に横一本の切れめが入った。

 その切れめを中心にして上下がぐしゃっとたるむと上瞼うわまぶた下瞼したまぶたに分かれた。

 真ん中にぎょろりとした眼が現れ単体で宙に浮いている。

 眼これがラプラスの発露だ。

 「これは運命さだめ様」

 

 「ラプラス。頼みがある」

 「なんでしょうか?」

 「オロチのいうとおり終焉おわり間際まぎわの俺にすでに記憶はないだろう。でもそれは記憶を失くしているわけではない。積み重なる誰か記憶と横からつけたされていく誰かの想いだ。だからおまえを引金トリガーポイントにする」

 「はい」

 「合図は用意しておく。そのときに俺の記憶を呼び覚ましてくれ」

 「承知いたしました」

 「ただ、その合図は一度だけではない。段階的にだ」

 「はい」

 ラプラスは合意の意味で一度パチリとまばたきをした。

 「おまえの――《我々は知らない、知ることはないだろう》。という例の言葉。それが開始の言葉。しばらくすると俺は自分おれを取り戻す」

 「承知いたしました」

 ラプラスは大きな瞳でありながら球体からだすべてを使ってうなずいた。

 俺は宿に目を向ける。

 「宿。どこまでできた?」

 

 「空間・・気象・・治癒・・。これは同じグループです」

 「区分けはすべて任せる。……ただこれを放つのは紀元後だ」

 「今はまだ紀元前ということでよろしいのですか?」

 「ああ。死海写本しかいしゃほんを書き記したそのときが開始はじまりだ」

 「のちの世では新約死海写本となりますね? これが人に伝わるのでしょうか?」

 「それでも残さなければならない。さあ、一ページ目、樹形図を書き上げそれを創世そうせいの始点とする」

 「わかりました。今度こそは」

 「ああ」

 ――今度こそ。その言葉を何度聞いたか。

 宿はできたばかりの地をすたすたと歩いていった。

 宿の足元はたしかに地を踏みしめている。

 宿は二又に分かれた鈍色にびいろの槍に手を伸ばした。

 「これはどうしますか?」

 「地上ができたということはロンギヌスの槍がさっているという事象、か?」

 「はい。そうなります。このままにしておきますか?」

 「いや、中心なかに埋めておこう」

 「なにかの意図が?」

 「意図があるのかどうかわからない」

 「……?」

 「因果律の逆算・・・・・・だ」

 「では、なにかの役に立つということでしょうか?」

 「おそらく」

 「おおせのままに」

 宿が槍の柄に手をかざすと周辺が金色に輝いた。

 キラキラした光の飛沫しぶきがこのパンゲアの大地・・・・・・・で蝶のようにはばたいている。

 世界が希望で埋め尽くされるような予感、だが、すぐに空は真っ黒く染まっていった。

 太陽が顔を隠したからか、それは絶望の報せにも思えた。

 

 ホシの周囲を太陽が高速で回っている。

 いや、違うな、このホシが太陽の周囲を回っているのだった。

 自転と公転……これはまだ不安定なようだ。

 宿は周囲の明暗など気にせずロンギヌスの柄の真上から力を込めた。

 聖槍が――ズズズと流動体の中に沈んでいく。

 ホシが槍を飲み込むと、そこから溢れた赤い雫が宿の足元を染める。