第218話 天才脳


「繰さん。俺はさっき上級アヤカシ以上の何者かっていいましたけど。上級アヤカシはある一定値を超えたアヤカシの総称ですのでぬらりひょんの脳を切り刻んだ者イコール・・・・って結果は早計な気がします」

 アヤカシの起源によると基本アヤカシは下級アヤカシ、中級アヤカシ、上級アヤカシの三種類に分別される。

 ただ中級以上のすべてのアヤカシが上級って括りになるから上級アヤカシでも天と地の差があったりするんだよな。

 問題はぬらりひょんを上級レベルの「一」だとした場合、蛇は上級のどの位置にいるかってことだ。

 十なのか百なのか千なのか、あるいは一万、もっと上で十万、百万? ただ九久津の口振りからすると蛇はぬらりひょんよりもずる賢いのは間違いない。

 

 「九久津くん、どうして?」

 校長は腑に落ちないってニュアンスで訊いた。

 

 「ぬらりひょんは排他的上級固有種だから出現周期のデータがないですよね?」

 「そうね」

 「ぬらりひょんはアヤカシではあるけど非常に人間に近い種族だからね。そのための排他的固有種」

 「俺が知るかぎりここ百年でぬらりひょんが退治されたことはないですし。目撃報告も江戸の末期だったはずです」

 「そうね。たしかにここ何十年日本のどんな能力者もぬらりひょんを退治していないわ。それが今回のことと関係あるの?」

 九久津は校長の問いになにも答えずに寄白さんと社さんの中間に視線を向けた。

 「ねえ。美子ちゃん、雛ちゃん、リビングデッドの腕が単体で襲ってきてそこに脳が見えたからグールが一体混ざってるって思ったんだよね?」

 「ああ、そうだ」

 「うん。そうよ。脳がリビングデッドの腕に食い込んでいてその脳がまるで腕を操ってるみたいだったから、私も美子もそのリビングデッドはグールかもしれないって思ったの」

 「つまり雛ちゃんがリビングデッドの腕を目視した時点でリビングデッドの腕の切断面に脳が見えたってことになる」

 九久津は自分の腕を切るようなジェスチャーをした。

 

 「うん。ほんとにそんな感じだった。美子が危ないって思って私はとっさにいとを出したくらいだから」

 「そうなると、まあ、個体差にもよるけどぬらりひょんの脳の容量に対してグールの腕に使った脳の容量が多すぎる」

 「ほんとに病人かよ?」

 寄白さんのその一言は間違いなく褒め言葉だった。

 病院を抜け出してきてついでに隠しごとまであるくせに頭冴えすぎ。

 俺は寄白さんの言葉にそんな補足してみた。

 これは俺の勝手な解釈で本当に寄白さんがそう思っているのかはわからないけど賞賛しているのは間違いない。

 「九久津くんは六角ガーデンにいなかったし戦いのあとすぐに美子がリビングデッドたちをイヤリングに吸収しちゃったのに脳の容量の計算なんてできるの?」

 社さんでさえ驚くくらい九久津の予想は先をいってるのか?

 「そこはおおよそだよ。ぬらりひょんは頭部の大きな小さな老人って鋳型で誕生するから」

 今、九久津がいったこともアヤカシの起源に書いてあった。

 人が描く共通イメージでアヤカシが生まれる。

 「ぬらりひょんとは”頭部の大きな小さな老人”。これが一般的なぬらりひょんのイメージね。そこに一般の成人男性の脳の平均サイズ千三百五十グラムから千五百グラムの容量と、同じく一般的な人間の腕のサイズを対比させて導き出しただけなんだけど」

 「そっか。その計算式ならたしかに机上の計算でも可能ね。しかもあれを蛇がやったんだとしたら今までの手の込んだ仕掛けからはほど遠い気がするわ。あまりに目分量で脳を使いすぎてる。逆に本物の蛇ならもっと低容量でリビングデッドをグールに変化させると思う」

 「出現周期さえ定まらない排他的上級固有種の脳……。九久津それはつまり超貴重・・・なぬらりひょんの脳・・・・・・・・・を簡単に使いすぎだってことをいいたいのか?」

 「美子ちゃん。正解。インスタントじゃあるまいし」

 おおー!!

 そういう計算か!! 

 間違ってない気がする。

 寄白さん良い感想だよ。

 でも、そうなるとぬらりひょんの脳を切ったのは蛇じゃないってことになるよな?

 ……となると、そう、蛇なみにやべーやつがもうひとりいる可能性ができてきた。

 「九久津くん、それなら蛇以外の誰かがぬらりひょんの脳を切ったってことになるわよね? それはそれで蛇なみに危険な人物よね?」

 聞き役に徹してた校長が訊いた。

 姉妹ふたりで良いところつくわ~、俺も校長と同じことを思ってた。

 「そうなりますね。もしかすると蛇は一匹じゃないのかも」

 「仲間がいるってこと……私はてっきり単独犯だと思ってたわ」

 校長は自分にいい聞かせているけど、なんとなく呆れているようにも見える。

 エネミーは話についていけないようで社さんの制服の袖をつまんで遊んでいた。

 あっ!?

 あれってママ友が話し込んでるときに子どもがやるやつだ。

 エネミー完全に暇してるな。

 「いいえ、繰さん。そうともかぎりませんよ」

 

 えっ!? 

 かぎらないって? 九久津は自分のスマホを校長に見せて指さした。

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 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇はぬらりひょんの脳を切り刻んで利用しているかもしれない。

 

  「7番」は私の意見なんだけど、みんなはどう思う?

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 九久津の指先はちょうど項目「3」をしていた。

 【・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。】の部分だ。

 「そっか。バシリスクを操れるってことは他の上級クラスのアヤカシをも操作できるかもしれないってことか。仲間じゃなく捨て駒みたいな可能性もあるのね?」

 校長のその言葉は俺たちにとってデメリットでしかない。

 なんせ上級アヤカシを捨て駒で使えるかもしれないんだから。

 蛇は上級の中でもさらに上級・・の存在ってことになる。

 

 あくまで俺の主観だけどぬらりひょんを上級の「一」とするなら蛇とは「千」くらいの開きがありそうだ。

 「ですね」

 「ますますこんがらがってきたわ」

 校長は校長の無意識の癖みたいなもので手櫛で髪を掻き上げ大きなため息をついた。

 考えることさえ恐ろしくなるような蛇の存在……当然か。

 「あるいはすべて陽動ようどうなのかもしれません」

 「でも九久津くん陽動作戦なら本命もあるはずよね?」

 「ええ。蛇はいまだ本当の狙いで動いていない可能性もります。ただ蛇が暗躍してきた出来事の絶対数がわからないかぎりなんともいえないですけど……」

 九久津……脱帽だ。

 いいかたは悪いけど九久津の頭脳だって切り刻まれる対象になってもおかしくないくらいの思考能力。

 俺の中でどこか蛇と九久津の思考がシンクロした、まあ、それは頭脳合戦の赤コーナーと青コーナーとしてだけど。