第220話 双頭の蛇


「とりあえず蛇は二匹いるかもしれないってことを共通認識としましょう。いいかしら?」

 「いいですよ。さっきまでの話の流れから考えるとそう思えますし」

 みんなも俺に同調してくれた。

 ……にしても蛇が二匹か? それはそれで複雑だよな。

 「滅怪」については理解できた。

 星間エーテルについての話はこれ以上話しても進展なさそうってことで話題は自然に消滅した。

 九久津もぬらりひょんのことはいったん保留にしたようだ。

 エネミーは蛇が二匹いるときいてびびってる。

 前の死者の真野さんが蛇によってブラックアウトさせられたかもしれない・・・・・・という前例があるから無理はない。

 今、九久津がエネミーを丁寧に落ち着かせていた。

 九久津が召喚する護衛のアヤカシはエネミーにとってずいぶんと心強いらしい。

 なぜならさっきのモナリザの戦いでエネミーは九久津に絶大な信頼を寄せているからだ。

 お、俺は? 忘却の彼方? 九久津が召喚したアヤカシの数が多いからかもしれない。

 子どもの視点から見て仲間は多いのは頼もしいことだ。

 これはアニメ好きなエネミーに絶対当てはまるし仲間との絆に憧れるのは俺でも理解できる。

 九久津はエネミーにとってアニメ主人公ヒーロー的存在なんだろう。

 おっ、どうやら話がまとまったようだ。

 なぜか九久津とエネミーがハイタッチしている。

 って、こんなときに気になってしまうのは社さんのことだけど……うん、まあ、平常だね。

 エネミーに嫉妬するわけないか。

 「でも、二匹となると大変ですね? 誰がやったのかわからないですけどぬらりひょんでさえあんなふうにされてしまうんだから」

 

 社さんのその言葉はとても大きな意味を持つ。

 アヤカシの総大将とも呼ばれるボスでさえ切り刻まれて利用されてしまう……。

 そしてそれをできる者がすくなくとも二匹ふたりいるかもしれないってことだから。

 「雛ちゃんのいうとおり」

 九久津は今の今までエネミーに見せていた柔和な表情とは真逆で顔を険しくした。

 当然、九久津も蛇を警戒している。

 「蛇ならバシリスクを操るなんて造作もないことだろう。バシリスクが蛇の王なんて異名は笑えるな」

 九久津がそう皮肉めいたときだった。

 相変わらず深くは理解してないエネミーが一度首を傾げてから我が物顔でニカっと微笑んだ。

 そ、その顔は九久津の言葉のなにに反応した?

 「アニメでも魔王の上には大魔王がいるアルよ!!」

 おおー!? 

 エネミーのアニメ脳炸裂、そしてドヤ顔。

 独壇場だ、水を得た魚だ。

 と思ってると九久津は目から鱗とばかりに驚いた顔をしていた。

 く、九久津も、そ、そこまで驚くことか? そういえば寄白さんさっきからずっと静かだな。

 いや、俺に対する当たりの数がすくないから四階に着いたときからかもしれない。

 校長もアニメはわからないって感じで口数が減っていった。

 「エネミーちゃんそれだ!!」

 九久津はそれを人生の中で初めて知ったといわんばかりだ。

 な、なにがそこまで九久津の心を捕らえたんだ?  あっ、この緊張した状況で忘れてたけど九久津ってアニメも観ないしゲームもしないんだった。

 となるとエネミーの発想はコロンブスの卵的なことだったのか?

 

 「バシリスクが蛇の王なら。蛇はさしずめ”蛇の大王”ってことかー」

 しかし九久津くん、そこまで喜ぶかね。

 ただ九久津のことだそこからまた新しい発想が浮かぶのかもしれない。

 意外と九久津とエネミーの相性もいい。

 てか、エネミーのあの感じなら誰とでも合うな。

 さすがはみんなの末っ子。

 「そうアル。蛇の大王はメガネ蛇アルよ」

 お、おい、エネミーそれはどうでもいいんだよ。

 それをいうと九久津はって、おお、ああ~あ、やっぱり混乱して九久津の表情が忙しいことになってる。

 「九久津。そのメガネ蛇ってのはアニメのキャラだ。気にするな」

 いや、じっさいそんなキャラはいないんだけどここでその話をするとさらにややこしくなるからアニメ用ってことにしておく。

 エネミー先生・・のアニメ理論だと怪しいやつのメガネはレンズがベタ塗りになって、そのあとに口元がニヤってなって最後にレンズがキラリするらしいからな。

 まあ、そういうアニメの演出なんだけど。

 昨日もいったけどラスボス全員がメガネをかけてるわけじゃないんだよ。

 ついでにマラソンを一緒に走っても無駄なんだよ。

 「えっ、ああ、そうなの? 沙田?」

 「そう」

 エネミーは自分の両手でメガネを作って俺らをながめている。

 おい、おまえが九久津を混乱させたんだよ!?

 この自由っ娘。

 理論的なやつはアニメ脳の支離滅裂発言に弱いってことが証明されたな。

 なんたってメガネ蛇に隠れた意味なんてこれっぽっちもない。

 話の流れでそんなパワーワード(?)が生まれただけだ。

 まあ、これはこれで九久津の弱点か、パーフェクトな人間は存在しないんだな。

 「あっ、あ、あのさ。俺は教育委員長がぬらりひょんだと思ってたんだけどな~」

 ここで話の流れでも変えとくか~。

 エネミーがさらディープなアニメの話をしたらまずい。

 でも、じっさい教育委員長に会ったときにぬらりひょんだと思ったのは事実だし。

 これは断じてうそじゃない、が、あのときすでに邪気のようなものは感じなかったな。

 アヤカシが化けてるわけじゃないこともすで知ってるし、今ならなんつーか、ザ・教育者でむしろ俺らを助けてくれるような人物だとさえ思ってる。

 ――ないない。

 みんなは口を揃えて否定した。

 お、俺の考えが木っ端微塵に散った、いや、わかってたよ。

 でも、ここまではっきり否定されると逆に清々しい。

 エネミーは下目づかいで俺を見てくるし。

 今回は一段と大きく目を見開いてくるね~。

 おおー、俺、小バカにされてる。

 

 まだ、ガン見するのかよ? カラオケで【最近、市内全域に変出者が出没しています。ご注意ください】の貼り紙を見たときと同じ顔つきだ。

 おお、小憎らしい。

 まあ、なにはともあれこれで俺の教育委員長ぬらりひょん説は完全に否定されたってことだ。

 そもそもぬらりひょんの脳があんなことになってるのに教育委員長が存在してる時点で教育委員長はぬらりひょんじゃないってことなんだけど。

 俺は寄白さんと社さんがリビングデッドを退治したその日の夕方に教育委員長に会ってるんだし。

 となると教育委員長はふつうのおじいちゃんってことになるのか? なんかすげー能力者じゃねーの?

 

 「ここ十年のうちに蛇が動きはじめたなんてどうしても思えない。もしかすると世界の歴史にさえ巻きついてるかもしれない」

 九久津が考えていたのはそれか。

 俺がエネミーと亜種睨めっこをしてるうちにそんなことを考えていたとは。

 たしかに【Viper Cage ―蛇の檻―】の中の項目の「3」の【・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。】から考えると十年前には、えっと十年前? それって昨日の診察でも只野先生が指摘してたよな。

 

  ――おそらくは十年くらい前から……心当たりはないかな?

 

 って。

 いや、俺の思い過ごしか十年前くらい・・・前だもんな。

 でもなんとなくその十年前にいろんなことが集約されている気がする。