第227話 努力の終着点


 (現在、尾行はいないようだな? それもそうだろう。カラオケ店から亜空間で六角第一高校いちこうの四階に移動したんだ。仮に俺の移動経路がバレたとなるとみんなの中に俺の情報をリークしてる者がいるってことになるから……)

 ――努力は報われると思いますか? というお葉書なんですけど。そうだな~。

 (沙田、美子ちゃん、繰さん、雛ちゃん、エネミーちゃんは俺の行動をリークしている者じゃない。よってみんなの中に俺の敵はいない。ただそれとは別で繰さんは俺を怪しんでるし黒い風という点では美子ちゃんも俺をいぶかしんでる。モナリザとの戦闘のあとにぬりかべを早く召喚解除したのはキャパを使いすぎる疑惑への見せかけポーズだったけど。あの量のアヤカシを召喚したうえにエネミーちゃんへの代替召喚もしてるから疑惑を払拭するにはいたっていないだろう)

 ――努力は必ず報われます。これをいうとうそだ~。って声がこのブースまで聞こえてきそうだけど。これは紛れもない事実です。

 (ただ俺自身は不思議とキャパを消費しない体質だ。小さいころはもっと体が脆弱よわかったはずなのに。成長するにつれキャパが増幅し強くなるってことか?)

 ――じゃあ、ためしに長距離ランナーでたとえてみようか。練習することによって明日のタイムが一秒でも縮まればそれは努力が報われたってことなんだよね。 

(……にしてもタイミングをミスった。四階の安全をもうすこし確保してからでもよかったな。すくなくとも四階から下に降りる手前くらいで。みんなの安全を担保することも俺の役目なんだから)

 ――でも、努力が報われないと思ってしまう人が多いのはどうしてか? それは、今日も練習して、明日も練習して、明後日も練習して、一週間、一ヶ月、半年、一年。二年、三年、四年、毎日練習した。

 (それよりおかしいのは繰さんが会ったという看護師だ。臭鬼しゅうきのにおい判別は正確。あの看護師が繰さんと会ってジーランディアの情報を伝えてる時間、俺はまだ移動中だった。尾行者は繰さんの目の前で繰さんと会話しながら俺の近くを動いていたことになる……どういうことだ? 双頭の蛇。俺を尾行してるが一匹目の蛇なのか? だとしたら院内にいる誰か?……それが戸村という看護師か?) 

 ――それでもオリンピックの選考で落選しました。僕の私の努力はなんだったの? 努力なんて報われないと思う。

 (九条先生自身が尾行ってことはないだろうけど。俺の魔契約を怪しんでる。そうなると尾行者の候補は当局まで範囲を広げざる負えないか。九条先生が誰かに依頼すれば俺を尾行する理由になる。ただあの尾行はただ者じゃない。……九条先生の同期……。国交省の近衛……あの人ならそれができるだろう。でもそれだと繰さんに漂ってたにおいの説明がつかない)

 ――さあ、みなさんはどう思いますか? 努力は報われると思いますか? 報われないと思いますか?

 (あっ!? 兄さんが使ってた自己召喚術の分身わけみ。あれなら同一人物がふたりになることはできる。ただあれはひとりいちを二分するわけだから能力者の総量が分配される。それでも繰さんに会いながら俺を尾行することは可能だ……。けど、ことはそんな単純なのか?)

 九久津は流し目で車窓から外の景色をながめた。

 視線はルームミラーに移って運転手とぶつかる。

 

 (これが推理小説ならそんな簡単にはいかない。……あの看護師が分身わけみを使ったのなら召喚憑依能力者か召喚憑依に準ずる能力を有しているということになる? そもそもあの人は能力者なのか?)

 運転手も九久津の視線に気づき、なにか話題がないかと探っている。

 (……別の仮説。俺が国立六角病院で会った戸村と繰さんに情報提供した戸村の外見が本当に同じだったのか? 今の段階で俺と繰さんの話の中に出た戸村という名前・・・・・・・だけが共通項だ。俺が見た戸村の顔と繰さんの見た戸村の顔はまったく違うかもしれない。現状でたしかめる術はないけど、おそらく沙田のいっている戸村と俺が病院で会った戸村は同じ人物。さすがに別の顔をした同じ名前の人物が院内を動きまわるのは難しいだろう)

 「あの九久津さん。努力は報われると思いますか?」

 「えっ、なんですか突然?」

 「いや、ほら、今ラジオでそんな話をしてたものですから」

 「すみません。考えごとをしていて。ラジオは耳に入ってきませんでした」

 「そうですか。……ラジオの中でね。”努力は報われるか報われないか”みたいな話だったんですよ」

 「努力ですか……?」

 「はい」

 「いたってシンプルですよ。報われる人は報われるし報われない人は報われない」

 「その人しだいってことですか?」

 「ええ。この世界にはどうあがいても叶わないことがあります。それは努力とかそういう次元のものじゃない。もしもすべての人の努力が報われるのならさっきの話の女性も自分の子どもをそのにずっと抱きしめていたはずです」

 「あっ……」

 運転手は、そのまま言葉をなくした。

 「この世を去ってまで子どもに会いにきてしまうほどの未練。それはいわば呪いと同質なんです。努力で死にあらがえるなら文字通りの死ぬほど努力していたはずです。その女性が亡くなった理由が病気なのか事故なのか他の理由なのかわかりませんけど。努力ではどうにもならない事象だった。それこそ摂理ごと改変しなければならないほどの。もし俺に摂理を創り直す能力ちからがあったのならその親子を引き離すような出来事はこの世界から消滅させます」

 「……なるほど。説得力がありますね」

 「運転手さんはその若い女性を送り届けたあともまだ、その人のことを人間だと思ってたんですか? さっきまでの話から察するに途中から人ではないと気づいていましたよね?」

 「はい」

 運転手はハンドルを握りながらうなずいた。

 「だから……だから……」

 九久津は言葉に詰まっている運転手を黙って見ていた。

 肩がかすかに震えているのがわかる。

 「いただいた三千円はNPO法人の『幸せの形』に寄付しました」

 「それはつまり客を乗せていないのに料金を受けとったからですか?」

 「う~ん。いいえ。上手くはいえないのですが。たしかにあのお客様にはタクシーに乗車していただいたんです。それは間違いない。だからお代をいただいてもいいような気もします。ただ車っていうは仕組みとして重ければそれだけガソリンが減ります。そう考えればあのお客さんが乗っていても私ひとりが乗車していたのと変わらないというか……」

 「なるほど。すみません。そう割り切れるものではないですよね?」

 「そ、そうですね。だから私もお客さんを乗せるには乗せたけれどお代をいただくのもどううかと思いましてさっきの折衷案せっちゅうあんです。さまざまな境遇の遺児いじたちを保護している『幸せの形』に寄付するのが正解じゃないかと思ったしだいで」

 「たぶん間違ってないと思いますよ」

 「そういってもらえると……。私の行動を正当化してもいいのかな、と、思えます……」

 「九久津家うちの親は逆で。子どもを亡くしてる立場ですから」

 「……ああ、存じております。九久津堂流さんですね?」

 「はい。やっぱり人の死が努力でどうこうできるなら兄は死んでないと思います」

 「重い言葉です。それと比べれば私のこの魔障なんてたいしたことないですね」

 ――さあ、いろいろとメールで意見をもらいましたけれど。結局はその人しだいという結果に落ち着きましたね。ここで音楽いきましょうか。本日はロングヒット中のこの曲。ワンシーズンの『ペンタゴン』

 (ワンシーズンって美亜先輩の……)

 「いいえ。運転手さんの魔障だって重い傷ですよ。六角市を守護まもる一翼なんですから」

 「ありがとうございます」

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