「そういえばあの日・・・の堂流ってやけに疲れてたな……。らしくない」

　いまだ考えごとをしているようなしていないような校長がつぶやいた。

　けどあの日・・・ってのがいつなのか俺にはさっぱりわからない。

　校長にはきっと九久津の兄貴との「あの日・・・」が何日もあるんだろう。

　六角市にバシリスクが出現したその日までふたりは六角市ここで一緒の時間を生きていたんだから。

　俺の中でまたなんともいえない感情が湧き上がってきた。

　これは淋しいや悲しいに近いけど、でも冷静っていう難しい気持ちだ。

　人がそうそう感じる気持ちじゃない。

　

　「お姉。あの日？」

　「そう、あの日」

　「いつ？」

　さっきまで息ぴったりだったけど、さすがの寄白さんでも「あの日」って曖昧ないいかたじゃ「その日・・・」がいつなのかわからないか。

　「だからあの日よ」

　「私にはそれがわからないから訊いてるんだ」

　「えっ、ああ、そっか。あのいたずら電話があった日よ」

　え、えっ、そ、そうなの？　俺じゃ予想をつけられないなって思ってたけど……でも、本心はそうじゃなかった。

　なんとなくだけど九久津の兄貴が亡くなった日だと思ってた。

　そういう節目の日だからこそ「あの日・・・」になるんじゃないのか？

　「お姉。それってつまりは鵺の出現した日でもあるよな？」

　「そうよ」

　鵺!?

　鵺か……そういや近衛さんも鵺の出現状況を気にしてたっけ？　なんか納得いかないって感じだったよな。

　じっさい俺も俺で鵺を退治したなんて実感はまるでないし。

　でも、その鵺の出現日にあったいたずら電話がなんなんだ？

　「そのときの私たちの学年は年齢でいうならみんな六歳前後だ。いたずら電話のことは話だけ聞いたことがある。――変態・・がメタモルフォーゼ変態し編隊・・を組んでいる。って謎の男からの電話だったんだろ」

　な、なんだそのいた電は？　ザ・いた電じゃねーか!?　

　キング・オブ・いた電。

　寄白さんが六歳なら、当然俺も九久津も六歳だ、そして社さんも……。

　誕生日の関係で厳密には七歳かもしれないけど。

　でも誰だよそんなナメた通報したの？　そりゃあ、いた電だって思われるわ。

　端はなからいたずらと分かっていても校長と九久津の兄貴はその現場に向かったんだ。

　偉いな～あっ!?　

　そんな電話だったとしても本当にアヤカシが暴れてる可能性があるからいちおう確認のために出向かなきゃいけないのか？　警察だって１１０番でんわがあればとりあえず現地には出動するっていうしな。

　アヤカシがホワイトアップした状態なら場合によっては変態大集合ってこともあるんじゃないか？　俺が最初、四階に案内されたときの人体模型とヴェートーベンのノリなら――変態・・がメタモルフォーゼ変態し編隊・・を組んでる。って状況は大いにありえる。

　……俺の中に不吉な発想が。

　蛇はアヤカシをブラックアウトさせてるんだよな……なら反対にホワイトアップさせることもできるんじゃ……？　俺が「六角第一高校いちこう」に転校して約一ヶ月経ったときホワイトアップした人体模型とベートーベンに出会った。

　九久津はあのときアヤカシの様子がおかしいっていってたし、特にハイになった状態を気にしてた。

　あれは「六角第四高校よんこう」の解体工事で六角市を守護している六芒星ヘキサグラムの結界が崩れたからそうなったって結論だったはず。

　でもじっさいは「六角第四高校よんこう」の工事とは無関係で後日その説は覆された。

　「シシャ」の反乱は蛇が真野さんを唆した結果だよな……。

　俺はアヤカシの起源の中にあったある章がやけに気になった。

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　六、ホワイトアップとブラックアウト。

　ホワイトアップはアヤカシの躁状態で主に陽気になる。

　ブラックアウトはアヤカシの鬱状態で獰猛になり他者に危害を加える。

　明らかなエビデンスは示されてはいないがホワイトアップ状態とブラックアウト状態のアヤカシの数はつねに等しいとされている。

　ゆえにホワイトアップ状態が多数派の場合、ブラックアウト状態のアヤカシが増えバランスを保とうする。

　逆もまた然しかりである。

　必然的にどちらかの総数が増加すれば反対の総数も増えることとなる。

　この現象について、一説にはブラックホールとホワイトホールの干渉によるものという迷信的な話があり、有史以来、一度もその現象が確認されないグレイグーと呼ばれるカタストロフィーを引き起こす可能性が示唆されている。

　グレイグーは本来の意味であるナノテクノロジーの暴走ではなく、アヤカシのホワイトアップとブラックアウトが対安定し相転移説すると提唱する少数派意見もある。

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　グレイグーってカタストロフィーの引き金トリガーになるんだよな？って考えが飛躍しすぎか。

　アヤカシの起源でも有史以来確認されていないって書かれてたし。

　その仕組みもまだ解明されてないっぽいし、さ、さすがにこの説はないか～。

　またここで蛇の影がチラついてくる。

　それは鵺だったり九久津の兄貴にまで尻尾を伸ばしてきているような。

　俺が最初に人体模型とヴェートーベンに会ったのは転校一ヶ月後のことでアヤカシや能力についてもまだまだなにも知らないとき。

　真野さんにも会ってないし「シシャ」の正体も知らない。

　今の俺の知識なら気づけるけどあのときの俺ならいろいろと見落としてるかもしれない。

　蛇がもしアヤカシをブラックアウトさせるより先にホワイトアップさせることをしていたら……。