第235話 条件反射 


 三割の堂流の攻撃は計画通りには進まなかった。

 七割の堂流の防衛本能が働き七割の堂流の体の半分以上を固定していた氷を瞬時に砕いてしまったからだ。

 そしてそのまま開放能力オープンアビリティの韋駄天によって高速化した三割の堂流の攻撃にあらがいつづけている。

 三割の堂流が振り下ろした炎と風の剣は螺旋状から日本刀型へと変化した。

 七割の堂流はそれをさっとかわす。  

 それでもヒリヒリとした熱気が七割の堂流に軽度の熱傷を負わせた。

 {{混成召喚}}≒{{ウンディーネ}}+{{シルフ}}

 七割の堂流も水と風の剣を手にする。

 三割の堂流が振り下ろしてきた炎と風の剣を七割の堂流は水と風の剣でなした。

 七割の堂流は体を反転させて水と風の剣で三割の堂流のこめかみを斬りつける。

 三割の堂流もそれを皮一枚で避けた。

 「水と風」と「炎と風」の剣ぶつかり合う。

 ふたりの堂流はたがいに小さな傷を負わせながらしばらく鍔迫つばぜり合いをつづた。

 やがて両者は剣を交差させたまま止まった。

 七割の堂流はどうして開放能力オープンアビリティの韋駄天を使って身体速度を飛躍的に上げた三割の堂流の攻撃を回避することができたのか? それは単純なことで三割の堂流が遅いからだった。

 いや三割の堂流が速く動いていない・・・・・・・・からだ。

 三割の堂流は己の鈍さを、今、身をもって知る。

 「そういうことか」

 三割の堂流は自分の背後を一瞥した。

 三割の堂流がなぜその行動をとったのか、それはなんとなくおかしいと思ったくらいのことだ。

 分身わけみを使っているとはいえもともとは同じ九久津堂流で、三割の堂流が七割の堂流の動きに違和感を覚えないわけがない。

 

 そこで思考のパターンを読んだ。

 三割の堂流は炎と風の剣を持っている腕をいったん下げて逆手持さかてもちに変え、そのまま背中を掻くような姿勢で背中に背負っているモノをコンコンと小突いた。

 中身がずっしりと詰まった重い音がした。

 「子泣こなきじじい、か」

 「気づくの遅くないか?」

 「それに四肢におとろしを縮小召喚」

 三割の堂流の手足の関節には一般人が肉眼では見えないほど小さなおとろしが憑いていた。

 アヤカシの召喚はいわば模擬体をコピーして貼り付けの行為だ。

 七割の堂流はコピーの段階で圧縮する要領でアヤカシを召喚した。

 それが縮小召喚という高等召喚術だ。 

 縮小召喚は召喚憑依能力者であっても容易たやすく使うことのできない高度召喚術であり召喚憑依能力者の中でも天才とうたわれる九久津堂流だからできたといっても過言ではない。

 

 三割の堂流の背中にはすでに石になった子泣き爺が圧し掛かるようにして抱きついていた。

 おとろしはこれから約十年後に弟の九久津毬緒が鳥獣型ちょうじゅうがた姑獲鳥うぶめ退治で召喚した重量型のアヤカシだ。

 三割の堂流は流し目で自分の体全体を確認する。

 

 「これで韋駄天を加味した俺のスピードごと相殺したってわけか?」

 「三割の堂流おまえが気づかないくらい静かに重さを上げていってな。三割の堂流おまえのスピードがプラス一になった場合、マイナス一になるように子泣き爺とおとろしの重さを増やす。それでプラマイゼロだ。三割の堂流おまえのスピードが二なら、マイナス二でプラマイゼロにする。その要領ですべての速度は中和される」

 「それって三割の堂流おれの韋駄天が無効化されたに等しいってことだよな?」

 分身わけみを使かった場合どうしても分身わけみの比率の高い方が身体能力と知能が上回ってしまうため三割の堂流よりも七割の堂流のほうが一枚上手いちまいうわてだった。

 

 「計算上はな」

 七割の堂流は三割の堂流の前で手のひらを掲げた。

 そのまま五本の指を握ると三割の堂流の四肢に散逸していた小さなおとろしが三割の堂流の体の中央に集まってきた。

 「三割の堂流おれの中心におとろしを集めて体幹たいかんバランスを崩すつもりか?」

 七割の堂流はなにも答えずに反撃の構えをとった。

 しかしそれは七割の堂流の意図でも意思でもなくただの条件反射だ。

 

 「まさかな」

 この言葉は七割の堂流と三割の堂流ふたりの口から同時に出た言葉だ。

 なまじ天才的な能力者ゆえにふたりの堂流はゆきづまった。

 三割の堂流はいったんお手上げというふうに両手を上げてから右手に持っている炎と風の剣を解除した、と、同時に分身・・をも解除する。

 七割の堂流も召喚を解除して丸腰になった。

 それはどこか体全体の力を緩めてわざと隙を作ったようにもみえる。

 今、七割の堂流と三割の堂流ふたりがやろうとしていることは星間エーテルの強制離脱だ。

 能力者の中には極限状態において自分の体から抜け出した星間エーテルを操作できる者がいた。

 魔障学でもいまだにブラックボックスであるその能力を使える者が九久津堂流だ。

 信託継承で転生する場合も星間エーテルをコントロールしているとされていて召喚術者は星間エーテルを操作するには相性が良い。

 事実、九久津堂流が己の星間エーテルを沙田の中に移動させるという行為自体が「信託継承」のロジックそのものだった。

 

 一般的に肉体が「死」した場合星間エーテルが体から抜け出すことになっている。

 星間エーテルは、およそ二十一ミリグラムのエーテル体で魂と呼ばれるものだ。

 ただ星間エーテルは己の命の危機が瀕している場合、緊急避難として「生」の状態でも体から離脱することがある。

 一時的な緊急避難の幽体離脱ゆうたいりだつなどもそれに相当する。

 九久津堂流は今、それを意図的におこなうため「生」と「死」のせめぎあいをしていた。

 堂流は分身わけみを使うことで「生」きながら「死」ぬ。

 または「死」にながら「生」きる。

 そんな誰もやったことのないことをしようとしている。

 「生」と「死」を使った「転生」と「非転生」の存在になろうとしていた。

 なんのためにそれをするのか、いや、しなければならないのか? それは星間エーテルとなって沙田の中に入るために他ならない。

 沙田の中に入るには因果律をコントロールする「ラプラスの門」を潜り抜ける必要があった。

 ツヴァイドライも「ラプラスの門」を通過することで外界に姿を現すことができる。

 それは帰還もどるときも同じで生身にくたいを持った者では「ラプラスの門」を通過することはできない。

 だから堂流は「生」きながら「死」ぬ。

 「死」にながら「生」きることを選んだ。

 きたるべき日のために。

 ――ズサ、ズサ、ズサズサ、ズサズサズサズサ、ズサズサズサズサズサズサ!!

 きりのように鋭い風の刃が七割の堂流の背部を無数に貫いていった。

 それは三割の堂流もろとも串刺しにした。

 雨あられのようにつぎつぎと降り注ぐ風の刃たち。

 七割の堂流の頭がすこし横に傾いた分だけ錐のような風が三割の堂流の顔に傷を残していった。

 ただ三割の堂流にとってそれは致命傷になるほどの傷ではなかった。

 顔に落下してきた風の刃の総数はそれほど多くはないし、あらかじめ七割の堂流が移動させておいたおとろしが三割の堂流の重要な臓器を守っていたからだ。

 いや、七割の堂流もわかっていたから三割の堂流を致命傷から回避させる措置をとっていた。

 

 {{カマイタチ}}

 三割の堂流は勢いよく肘をうしろにずらした。

 その反動を利用して三割の堂流じぶんにもたれかかっている七割の堂流の胸の中心まんなかを刺す。

 「これでいい」

 これはある意味「七割の堂流」と「三割の堂流」それに繰のもとにいる「もうひとり・・・の堂流」の三者の共犯計画だ。

 当然、七割の堂流が防衛本能によって反射的に攻撃に抗ってくるだろうことは最初から織り込み済みだった。

 七割の堂流は「本来の九久津堂流」の「比率49%」、そして三割の堂流は「比率21%」、繰のもとにいる堂流は「比率30%」

 三割の堂流は炎と風の刃を解除すると同時に分身わけみを解除した。

 その分身わけみの解除とは繰のもとにいる堂流のことであり「比率30%」の堂流だ。

 ただし、完全に分身わけみを解除した場合繰のもとから「九久津堂流」という個体が姿を消してしまうので張りぼてとして「1%」の堂流を残し「29%」の堂流を呼び戻した。

 これで三割の堂流は「21%」たす「29%」で「50%」の九久津堂流になった。

 七割の堂流は「49%」の九久津堂流。

 三割の堂流は「50%」の九久津堂流。

 わずか1%ではあるが三割の堂流はすべてにおいて七割の堂流を上回ったことになる。

 事実上、七割の堂流「49%の堂流」と三割の堂流「50%の堂流」の一騎討ちとなった。

 七割の堂流を背後から貫いたのは三割の堂流「50%の堂流」の召喚術だ。

 これによって七割の堂流は瀕死の状態に陥ったために三割の堂流は七割の堂流の心臓を貫くことができた。

 分身わけみとなった三者三様の九久津堂流の計画が今ここに堂々完結した。

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