第238話 鍵


校長はなんだか不思議ないい回しをした。

 「あっ、あのね。とういうのもたしかに私のところに堂流はいたんだけど、沙田くんのところにも堂流の分身わけみがいっていたから」

 「ああ、なるほど」

 そういうことか。

 「分身わけみの堂流が沙田くんを送っていったともいってたし」

 「その分身わけみのほうが怪我をしたんじゃないですか?」

 「堂流の分身わけみが怪我を?」

 「はい」

 「う~ん。でも、どうやって? だって分身わけみの堂流は沙田くんを送りにいっただけよ? そもそもあの日堂流が怪我するような出来事も起こってないし。それに堂流の本体・・と私は一緒に走ってたんだから、なにかあったなら私にいってるはずよ」

 「そ、そうですよね」

 「あのとき堂流には戦う相手もいなかったし。他に堂流が顔を怪我するなら転んだとかどこかにぶつけたとかよね?」

 「そうですね」

 「でも堂流が転んで顔を怪我したなんて考えられない」

 「人間ですし転ぶってこともあるんじゃないですか?」

 「うん。それは沙田くんのいうとおり。でも人って転んだとしても顔だけ・・を怪我することは稀なのよ」

 「どうしてですか?」

 「転倒時はとっさの反応でまず最初に手や足が出るから。出すじゃなく出る・・の」

 「あっ!? そっか。そういわれれば転んで膝を擦り剥いただ手首を骨折したって話はよくききますけど。顔だけ・・ぶつけたって話はあまり聞きませんね?」

 「でしょ。すべてに当てはまるわけじゃないんだけど転倒して顔だけ・・・を怪我するのは目の前に障害物があったりとか、なにかの病気の兆候だったりとかだしね」

 「じゃあ、僕を送ってくれたあの顔に怪我した人は誰なんですかね?」

 「う~ん。なにか理由があって堂流が誰かに頼んだのかな? そんな知り合いなんていたかな? ……あの日なにがあったんだろう?」

 「十年前の話ですし。今になってなにがあったかなんて誰にもわかんないですよね?」

 「そうね。ただあのときの堂流って疲れてた気はするのよ。走る速度も落ちてたし。気になる点っていえばそれくらいかな。あっ!? そうだ、あとは肝臓」

 「か、肝臓? が悪かったってことですか?」

 「いや、じゃなくて。肝臓の再生の話」

 「お姉。堂流くんがなにをしていても、それは絶対なにか考えがあってのはず」

 寄白さんも俺と同じ年齢だから、その当時は六歳だよな。

 寄白さんも無条件で慕ってるみたいだし九久津の兄貴のみんなからの信頼はすげーな。

 

 「そうね。堂流はいろんなことを考えてたはずよね?」

 「そして堂流くんならいちばん最良の選択を選ぶ」

 「だね。まあ、その肝臓の話も仮に鵺の部位が単体で残ってたらって話だから」

 「そっか」

 「結局、鵺は沙田くんが退治したあと十年は出現してないし。出現周期からいってもあと二十年や三十年は出現ない計算ね」

 「あの、校長。その出現周期って今年度版みたいに変化しないんですか?」

 「えっ、ああ、そっか、そうね。そういわれてみれば時代に合わせて出現率も変わるかもしれないわ」

 「ですよね。最近はなんとなく世界の負力も増えてる気がしますし」

 「それは能力者じゃなくても世の中の人みんなが無意識に感じていることなのかもしれないわね」

 結局あとはいくら話をしても想像の域を出ずにらちが明かないってことでその話は終わった。

 校長と寄白さんはまだ会社(?)の話が残ってるということで、俺はひとり学校を出た。

 また『保健だより』のことかな? けど寄白さん『保健だより』に関しては並々ならぬ努力をしてたんだな。

 俺はとりあえずタクシーチケットを使うため学校前のバス停をスルーして交通量の多い通りまで歩いた。

 夜道だけど、まだまだ道路はさわがしい。

 さらにそこから三分ほど歩くと国道に近い道路に出た。

 俺はわずかな間隔で立っている街灯と街灯のあいだから車道をながめる。

 昼間とは違う夜の風が吹いてきた。

 ああ、この感じ好きだな~。

 

 ものの数分で車体の上に王冠を乗せたような車が見えてきた。

 遠目からでもわかるもんだな。

 てか、そのための目印か? 『Y-交通』という行灯あんどんを載せたタクシーが走ってくる。

 あっ、『Y』って、も、もしかして? だよな、きっとそうだよな? 株式会社ヨリシロの頭文字の『Y』だろう。

 六角市に株式会社ヨリシロ関連の会社がたくさんあるから『Y-交通』も寄白さんの家の関連会社だと思う。

 

 俺はさっそくタクシーを止めようと手を挙げた。

 そのタクシーにつづくように一般の後続車も走ってくる。

 あっ!? ああ、あれって? 俺は完全に手を挙げきる前にごまかすようにして手を下げた。

 運転手さんが俺を見ていても確実に”僕、乗りますよ”の手の挙げかたはしてないと思う、たぶん。

 手遅れだったらごめんなさい、聞こえないけどここで謝っておく。

 俺はその名残で小さな虫が顔の周りを飛んでいて今でもそれを払ってますよの仕草をつづけた。

 車内に「空車」と赤く電光表示させたままでタクシーは通りすぎていった。

 おお、セーフ!!

 そのあとにつづいて走っていったSUVくるまのテールランプも徐々に小さくなる。

 俺は今、車道の光景を見ていてあることを思い出した。

 それを校長に教えないと。

 これって校長の欲しがってた情報になるよな。

 さすがにスマホじゃなく口頭で伝えたほうがいいと思って、俺はここからまた「六角第一高校いちこう」に戻る。

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 「お姉。今、なに考えてる?」

 「今回の件で四階に解析部の入れるか入れないかよ」

 「なにも隠すことはないんだし入れればいいじゃん」

 「じゃなくて」

 「?」

 「教室の備品の修理については予算があるからOKなんだけど……」

 「ああ、そういうことか。たしかに真野絵音未の事件から短期間でいろいろありすぎたからな」

 「そうなのよ」

 「かといってお姉のポケットマネーで支払っても問題があるんだっけ?」

 「そう。財源は別々だからね。それに必要経費とか税金の関係もあるし。今回の四階の出来事はちょっと突発的だったけど、あの時間は公務なのかな?とかね」

 「私にはその会社だ学校だの財源はまったくわからん」

 「だよね。ごめん」

 「ちょっと頭痛いし、ふらふらするから席を外す」

 「大丈夫?」 

 繰は気にかけがらも、――あっ、そっちの意味ね。といった。

 「ああ」

 「経理すうじのことで心配かけてごめん」

 「いいさ。私にはわからなくてもお姉の愚痴くらいきけるよ」

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