第239話 隠しごと


 【雛。明日も山田のことは気にしておく。 寄白美子】

 

 【わかったわ。 社雛】

 【まだ、本気で動き出したわけじゃなさそうだ。 寄白美子】

 【そうね。まあ、本体はあっち・・・なんだから 社雛】

 寄白は社と何通かのメールをやりとりしたあとに藁人形の腕を格納している十字架のイヤリングを手のひらに乗せた。

 五本の指の下に墓標のように黒い十字架が置かれている。

 寄白はそれを見ながら乱れた心を整えるために深呼吸をする。

 ――いないだろう。寄白の中にさっきの言葉が頭を過ってきた。

 その掛け合いは滅怪領域の退治ができる能力者がいるかどうかの話だった。

 (さだわらし。滅怪領域の退治ってのはそんな簡単なことじゃないんだ。滅怪ならば忌具・・消滅すこともできる。私のオレオールはそれに特化したもの……)

 ――隠しごとはある。そして俺にだっていえないことはある。

 

 (九久津たしかにそのとおりだ。人には誰にだっていえない秘密がある。私がイヤリングのことを明かしてこなかったのもそういうことだ)

 寄白はまるで藁人形の腕を逃がさないというふうに胸の真ん中で十字架を握りしめた。

 (人は罪を犯す。これが私の犯した罪だ。生まれたときからずっとな……。いつかこの身に返ってくるだろう。因果応報とはそういうことだから)

 寄白の反対の手のひらには古びた髪飾りが握られていた。

 それを頭の上で――パチンと鳴らして髪を留める。

 (九久津はエネミーにも気を使えるやつだ。あの黒い風も私利私欲じゃないことはわかってる。でも私は心配だった。……いいたくない理由もわかってる。みんなに心配をかけたくないからだよな? よくわかるよ私も同じだから。だから誰にもいえないんだよな?) 

――――――――――――

――――――

―――

 俺がまた校長室のドアを開けたと同時に校長の――無理ー!! 決めた!! 今回は、報告だけにしよう。という声が聞こえてきた。

 

 ものすごい形相の校長と目が合う。

 こ、怖っ、な、なんすか? 校長は微動だにしない。

 まるで校長室にある校長の置物だ。

 いや、本人だけど。

 校長の頬がすこしずつ赤くなっていった。

 俺は部屋を見渡してみたけど寄白さんはいなかった。

 ああ、そっか今のは校長の独りごとだったのか? しまったー独り言を聞かれてしまったー!?ってことですね? 俺はてっきりまだ寄白さんと話してるのかと思ってましたよ。

 

 「さ、沙田くんどうしたの? って今のは気にしないでね」

 「はぁ、わかりました」

 と、俺は返したんだけど。

 「いや、あの今のはね」

 校長は独り奇声を上げていたという事実をなにがなんでも訂正したいらしい。

 「は、はい」

 圧がすごい。

 「四階の調査に解析部にきてもらおかな~? どうしようかな~?って悩んでて。結論としては今回は見送ることにしたっていうのがちょっと口から出てしまった感じなのよ、うん。けっして危ない女ではないの」

 「それくらいわかりますよ」

 「四階でもいったけど予期せぬ場合で備品が破損してしまったときの修繕費予算はあるの。ただ調査費用まではね~」

 ああ、そっか、ああいう調査も誰かが勝手にやってくれるわけじゃないんだった。

 校長が依頼してやってもらうんだからそれは悩みどころだな。

 上級アヤカシを退治した場合は絶対に解析部が調査するけどそれ以外は臨機応変にやらなきゃならないってことだ。

 下級アヤカシを退治した場合に解析部の調査は必要はないけど今日のパターンはどうなるのか悩んでたのか? ブラックアウトしたモナリザが五体出現してその原因が忌具の藁人形の腕ってことだから解析部に調査依頼するのかしないかの判断は難しいかも。

 話の規模は違うけど俺が「六角第三高校さんこう」にいたときに模擬店の予算が足りねーってなったのと似てる。

 あれって結局どうなったんだっけ? あっ、そうだ補正予算。

 たしかそれでカバーしたんだ。

 「それって補正予算はないんですか?」

 「うん。あるわよ」

 「じゃあ、それを申請をすれば」

 「そうね。きっとそれは通ると思うわ。ただ、私はそこまでして今回の件を調査するかどうかを考えたの」

 「するに越したことにないんじゃないですか?」

 「そりゃあできるなら毎回毎回そうしたほうがアヤカシに対するデータも溜まるしいいと思うの。でも今回は藁人形の腕がモナリザたちをブラックアウトさせたという原因がわかっているからちょっと二の足を踏んでしまうわね。予算は有限であって無限じゃない。どこかで線を引かないとって思うの」

 「なるほど」

 今回の件でも補正予算は下りるけどなんでもかんでもに余分な予算は使えないってことね。

 「ところで沙田くん、どうして戻ってきたの? まさか美子に逢いにとか?」

 「いや、ち、違いますよ。って、その前に寄白さんいませんけど?」

 「ああ、美子ね。私が予算がどうのこうのって話をしてたら頭痛いって校長室から出てったの」

 「寄白さんの頭痛は大丈夫なんですか?」

 「うん、大丈夫。その頭が痛いは面倒な話で頭が痛くなるってことの言い回しだから」

 「なら良かった。それで僕が戻ってきた理由なんですけど」

 

 俺は校長に俺が引き返してきた理由と俺の知っていることをぜんぶ話した。

 「沙田くん。それ本当!?」

 「はい。鍵でだいたいわかりますから。よくあんな高い物買えるな~って思いましたもん」

 「そう。けどそれって私が戸村さんとの別れ際にやってみようとしてたことと条件がピッタリなのよ。今日中に極道入稿ごくどうにゅうこうするわ」

 校長はなにやらブツブツいいはじめた。

 しかも、ご、極道入稿って。

 ま、まさか校長って同人やってる人だったのか? こう見えてなのか? 大事なことだからもう一回いいます。

 校長はなのか? おっ、こ、これで二腐にふだ。

 まさに禁じ手。

 でも、エネミーの円盤のことわかってなかったよな? 

 「あの、ご、極道入稿とは?」

 「えっ、特急印刷のことでしょ? 印刷業界でそう呼ぶらしいわ。郵便の速達みたいなオプションじゃないのかしら」

 あれって印刷業の料金プランなのか……? なるほどそういう区別のしかたもあるのか? 別に同人ってわけじゃないんだ。

 「じゃあ僕はそろそろタクシーで帰ります。あっ、あの『Y-交通』って校長の」

 「えっ、あっ、そうよ。うちの系列会社よ」

 まだ質問をいい終えてないのに。

 以心伝心? でも、疑問もすぐに解決したし、答えも俺の思っていたとおりだった。

 

――――――――――――

――――――

―――