第16話 隷属(れいぞく)


「社会人だから。服装は自由なのよ」

 その話題はすこし前に終わったはずなのに、校長は返さなくてもいい答えを寄白さんにした。

 寄白さんが遮った言葉を取り繕うように会話を繋げたとしか思えない。

 姉妹で以心伝心か……。

 「おい、さだわらし!? 私が人体模型の前にスライディングしたときにパンツ見ただろ?」

 

 「へ?」

 

 な、な、なにを突然。

 えっと、いや軽く目に入ったような気もしない……かな……。

 ま、まあ、PCに取り込んでたなら、いちおう最大まで拡大してトリミングは試みてはみるかも。

 い、いやいや、俺はそんなことはしないよ、うん、しない。

 「見たんだろ?」

 「えっ、いや、そのパンツのことを考えてたのはお姉様との《保健室で見てもいいのよ》ってほうのことで寄白さんの、パ、パンツなんて、あの、その」

 寄白さんは腕を組み軽蔑けいべつの眼差しを送ってきた。

 ヤカラだ、ヤカラがいる。

 ああ~その犯罪者を見るような瞳、あっ、目の中心に星が!? 

 ごまかそうとしたけど無理っぽい。

 「ごちゃごちゃうるさい!! だ・か・ら、パンツを見たのか見てないのか?」

 「み、見ました。た、たぶん三割二分五厘ほど」

 

 「ほ~結構な打率で見てくれてんじゃないの? ってことで、さだわらしおまえは今日から私の下僕げぼくだ。わかったな!? おまえに拒む権利はない!!」

 俺は寄白さんに名指しで下僕ドラフトに指名されてしまった。

 打率でいったらドラフト二位指名くらいか? 俺は行動停止の魔法かなんかにかかったように一歩も動けなくなっていた。

 これって俺完全に俺隷属れいぞく決定じゃん!!

 「は、はい……」

 

 終わった、完全に終わった。

 俺は「シシャ」候補でもなんでもない、ただの「変態」候補だった。

 そう、俺はただのパンツ。

 俺はパンツなんだ……そうだ、いっそ本物のパンツになろう!!

 そして「一反もめん」とか、そのあたりのアヤカシの仲間に入れてもらおうじゃないか。

 一反・もめんのパンツ。

 ここは区切りが大事だ「一反もめんの・パンツ」じゃなくて「一反」で区切って「木綿もめんのパンツ」。

 つまりは空飛ぶ「一反・木綿のパンツ」。

 悠久ゆうきゅうのときを優雅に舞って世間の男どもを弄んでやる、うん、それがいい、そうしよう。

 「おい、さだわらし? またなんかエロい妄想してるな!?」

 寄白さんはいまだに俺を目を細めて見てくる。

 それがやけに俺の心にダメージを与えた。

 かわいい顔してそんな悪ぶった顔をするともっとかわいいじゃないか。

 けど「さだわらし」ってなんだよ? 座敷童とかの仲間か? なにがどうなるとそんな呼びかたになるんだ? 九久津と校長がふたりでアイコンタクトをとりながらこっちを見てる。

 九久津が校長になにかを話すと校長は腕を組んで険しい表情になった。

 なんかあったのか? アヤカシについての話しか? そのあともふたりはどこか深刻そうだった。

 当然俺はそんなふたりに割って入っていく勇気はない。

 寄白さんは寄白さんでまだ俺を軽蔑の目で見てるし。

 「いや、も、妄想なんてしてないよ。それに俺は“さだわらし”じゃなく“さだただし”ですけど……?」

 

 「おまえごときが口答えするのか?」

 

 「は、はい、すみません」

 話が終わったのか校長は一度九久津を見てから俺のところへとやってきた。

 「沙田くん、ポニーテールのときの美子は見せパンなのよ。残念だったわね?」

 そう俺の耳元でささやく。

 さっきまでの深刻さは消えていて甘い声に戻っていた。

 吐息が耳にああ~ドキドキする。

 

 「そ、そうですか……は、はぁ」

 いや、お姉さま、俺はたぶん見せパンでも本パンでも見たという事実で実刑ですよ?

 「パンツ詐欺に騙されたわね?」

 

 校長は陽気な酔っ払いのように体を密着させてきた。

 お姉様そんなに体をくっつけてこられると、俺はもう、うはっ!?

 

 「ちなみに美子はポニーテールになるとツンツンだから」

 

 「納得しました」

 寄白さんはポニーテールになるとなにかのスイッチが入るらしい。

 それはこの場所にきてからなんとなくわかってたことだけど。

 にしても近いよ校長。

 そんなに近いと緊張するじゃないか。

 ああ、疲れた。

 俺は校長に先導されて別のルートで右側のR非常階段へ向かっている途中だ。

 それはそうと今日の出来事について俺放置されっぱなしでなんの説明もないんですけど。

 「さあ、沙田くんここから降りるわよ」

 

 「あっ、はい、わかりました。あっ、あの寄白さんと九久津は?」

 

 へ~こっちにも道があったんだ~。

 「えっ、あっ、あのふたりなら大丈夫」

 「そうですか」

 

 校長が早足で歩くから俺もそれに合わせた。

 ハイヒールでそんな急がなくても捻挫とか大丈夫なのか? まあ、大人のひとだし慣れてるに決まってるか。

 それよりなんかかされてる感じがするな~。

 ここが危険だからか、あっ、悪寒……嫌な予感。

 そ、そうなのか? いや違う……そんなわけがない。

 それは俺によってさっき否定されたはずだ。

 で、でも、あれは俺が勝手に導き出した答え、と、なると、ああ、そ、それしか考えられない。

 く、九久津と寄白さん、やっぱりつき合ってる……の……か? なら校長は――ふたりの邪魔をすんじゃねーぞ!!的に気を利かせたということになる。

 おお~!! なんて仕打ちなのでしょう。

 「沙田くん。美子の本パンが見たければサイドテールかツインテールのときに偶然のハプニングを装って見ることね?」

 

 校長はふたたび悪魔のささやきをした。

 香水の柑橘系の匂いがする、な、なんて爽やかな匂いだ。

 校長はどこまでも俺を弄ぶ、いや、違う、寄白さんもだ、この姉妹が俺を弄ぶ。

 「は、はぁ~」

 校長――見ることね? って、たとえば俺が正面突破で寄白さんのパンツを見ようとしたらそれはそれで変態じゃないか? ち、違うな、それこそが勇者という考えもある、うん、そうだ、それは一理ある。

 なんかいっきに四階の危機感が吹き飛んでいった。

 それとも校長が俺の緊張を解いてくれたのか? 保健の先生ならそれくらいのスキルは持ってそうだ。

 最後まで降りてみてわかったけどR非常階段はL側とは違ってふつうのくだりり階段だった。

 

 「校長。本当の非常時はどうするんですか?」

 「えっ? あ~あ、そのときは非常用すべり台とスプリンクラーがあるから大丈夫よ。それにわざわざ学校の端に避難させる必要もないしね」

 

 「えっ、そうなんですか?」

 なんだ。

 ちゃんと万全の準備を整えてたのか。

 それもそうか~学校に残るより外に避難したほうが二次災害からまぬがれる確率は高くなる。

 いきはなんだかよくわからないまま寄白さんを追って上ってたけど、降りるのは楽だった。

 今俺はなにごともなくふつうの校舎の一階に立っている。

 ただ、なぜ俺がさっきの四階・・に誘われたのかは訊けずじまいだった。

 校長いわく、後日詳しい説明をするそうだけど。

 まあ、たしかに今のこの状況であれこれいわれても頭になにも残らなさそうだ。

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