「ふ~ん。あの有名な見廻組とね~」
「それに壬生浪士たちともな」
「……でも結局錦の御旗がすべてってことよ。勝てば官軍負ければ賊軍。現代でも日和見してるほうが棚ぼたで昇進なんてのもよくある話じゃない? むしろそっちに鼻が利くほうが上手く世の中渡れるんじゃないの」
「世渡り上手ってのはそういう潜在的な能力を持ったやつのことなのかもな。気づけば不思議と勝者側のお膝元にいるような、な」
「機運を読むね~。それってつまり運命ってことじゃないの……」
二条はそのまま足を組みかえて不意に視線をずらした。
腰をかけているその場所から数メートル先に手をかざすと、そこにあった入道雲がまるで意思のある生き物のようにもくもくと増殖していった。
その対比で辺りの煙霧が相当薄れていたことがよくわかる。
二条が雲を増やさなければ周囲の景色が露わになるところまで煙霧は薄くなっていて、増殖した雲はアンゴルモアから漂ってくる瘴気を除湿剤のように吸収していく。
一条は二条のその行動をまるで気にしていない。
それは会話の最中に飛んできたごみを払ったくらい無意識な動作だからだ。
「……運命。親の能力者であれば世界単位で干渉できる。そうなりゃ『円卓の108人』の影響力も微々たるもんで『円卓の108人』敗者確定だな」
「敗者であっても勝者でもあっても結局つぎの時代に名を残せば歴史の一部なのよ。黒星だったのか白星だったのかの違いなだけ。それを若者の子どもたちが歴史として学ぶ。もっとも『円卓の108人』は表に出ない歴史だけどね。たとえばその影響で原油に影響が出ればそれは表の歴史。石油危機だってその典型でしょ? 原油の供給量と価格を操作したんだから」
「じだいの勝者はじだいの敗者か」
二条は一条の話が逸れていったように感じたけれど、一条はときどきそんなふうにして別の意図を伝えることを知っていた。
だから今回の話もまたそのたぐいだと思いあえて訊き返さない。
「”じだい”が重複してるけど?」
が、ただ言葉の意味としての違和感は覚えた。
「今の時代と次の世代の次代だよ」
「ああ、なるほど。ふたつ目の時代は次世代ってことね。日本史でいうなら藤原氏が栄え衰退し、つぎに平氏が栄えて衰退し、そのご源氏が隆盛を極めたようなことね。藤原氏が時代の勝者であり次代の敗者になった、と同時に平氏が時代の勝者になって次代の敗者になった……さらに源氏が時代の勝者になり次代の敗者になる。そんな栄華の交代劇が連綿とつづいていく……っていっても今タームの世界が存在するかぎりだけどね」
「平家じゃなければ人間じゃないとまでいわれた時代もあったのにな」
「兵どもが夢の跡ね。結果的には平氏は壇ノ浦において滅亡した」
「時代の趨勢だ。特異点じゃなければ刻の濁流に飲まれて消えるだけだ。今の俺たちもその流れを汲んでる。藤原氏の嫡流の五摂家の体を借りてるんだから」
「ええ、だって。私たちミッシングリンカーのタイプCの能力者の中でも子の能力者はシェイプシフターみたいなもので一条家、二条家、九条家、近衛家、鷹司家、当時時代の祝福を受けた一族の体を借りている。能力に見合う容器はやはり求心力のある肉体でなければならない」
「源氏の源義経はモンゴルに渡って初代皇帝となった。結果、今のモンゴル当局のエースであるハン・ホユルは源義経の能力を信託継承体した能力者。皮肉なことにいまだ俺をガチ睨みしてるアンゴルモアもモンゴル由来だから笑えねーよな? てかよ、頼朝は義経の潜在的な能力に気づいてたんじゃねーのか? 義経は鞍馬天狗に剣術を教えられてるんだから牛若丸だったときにはもうすでに能力の片鱗は見えてただろ」
(鞍馬天狗は排他的上級固有種のアヤカシ)
「源頼朝、源義経もそうだけど私たちの体だって紛れもなく歴史の一部なのよ」
「それに異論はねーよ」
(茜ちゃんはどうなってくんだろうな……? 藤原氏の正当な血筋で今、いちばん若い娘だし。てか今俺がここでアンゴルモアとお見合いしてんのも運命の操作だったりしてな……)
「さらに時代階層は違うけど、日本史上もっと有名な戦国武将の織田、豊臣、徳川だって歴史の一滴よ」
「織田信長が時代の勝者となって次代に敗れた。まあ、次代は三日天下だけどな。そして豊臣家が時代の勝者となり次代の敗者になった……おい」
二条は一条の最期の語尾に対して自分の横をながめ、なにも答えずに組んでいた腕を解き手をかざした。
雲はその手から命令を受けたように己の体積を増やしていく。
「そこから約三百年の徳川の世がはじまる」
二条は飄々と話をつづけた。
「だが、その徳川家も十五代将軍の大政奉還によって権力がほぼ無効化された。そして近代が幕を開ける。近代化とはつまり産業革命の始まりであってジーランディア創世の時代、そして現代に繋がる。『円卓の108人』に名を連ねている名家や門閥も歴史に翻弄されて存在してるんだよな」
「まあね。大河の視点から考えればそうだけど」
二条はふたたび遠くに手をかざすと入道雲が積み重なっていった。
「『円卓の108人』は順位をつけないための『円卓の108人』だっつってるけど、そのじつ円卓の中にもはっきりとした権力の強弱と派閥が存在する。時計でいうところの十二時の席に座っているのがこの世界の意思決定者」
一条のタバコはもう子どもの小指の第一関節くらいに減っていた。
「世界の操作も自由自在ね。ジーランディアが租税回避地になってるのだってそいうことでしょ?」
「合法的非合法地だからな」
「世界のごみ箱。税金が非課税になって還付金として戻ってくるなんて払うべき税金を棄てる場所なんて笑い話もあるくらいよ」
「ただ還流させてるだけだろ?」
「そうよ。だからジーランディア内はすべてが出所不明の金ばかりで資金洗浄なんて概念さえ無意味」
「でも俺はトップダウンの命令系統は人間の発明でもよくできた仕組みだと思ってるけどな」
(二条は常に無駄のない動きを好む。今だってこのアンゴルモア討伐作戦の最短ルートを考えてるんだろう?)
一条はタバコの最後の一口を吸い終え自分が座っている黒い直方体に吸い殻を押し当てた。
そのタバコは沈みゆく船のように黒い直方体の中にゆっくりと吸い込まれていった。
{{モーニング・グローリー}}
「ちょっとアンゴルモアの瘴気が強いわね。小さな雲たちじゃ抑えきれなくなってきたわ」