九久津は繰たちが校舎の一階へ降りていくのを見届けたあと、参謀のように寄白の傍へと歩み寄っていった。
「美子ちゃん。お疲れ」
「……九久津。さだわらし使えないわ」
寄白は制服の埃をパンパンと払ってから、スカートの襞をばさばさとひるがえした。
細かい粒子が空気中に飛散する。
そのまま首のストレッチをして白いリボンを解いた。
手の中のリボンを新体操のように二、三度波状に振って伸ばし、ふたたびポニーテールをきつく結びなおす。
「いや、微かだけど兆候はあったよ。螺旋階段を上ってる最中はとくに強く出てた。俺が螺旋階段の闇に紛れて確認してたから間違いないよ」
「本当か。きちんと覚醒するんだろうな?」
「たぶんもうすこしだと思う。照明を消したこの亜空間でも色や物を認識してたのが証拠だよ。一般人にはまず無理だから」
「弁当の中に塩を盛るなんて卑怯なまねをしてさだわらしをここに呼んだんだぞ?」
「大丈夫だって!? ヴェートーベンのときも出現しそうだったから」
「下級アヤカシはいいとしても、もっと上のが出現したらどうするんだ?」
「美子ちゃん大丈夫、大丈夫。心配しすぎないで!!」
「お姉はさだわらしにあいつ自身の能力を伝えようとしてた」
「それは沙田も能力が使えるようになったら俺らのプラスになるからだよ。繰さんが必要以上に沙田に接触してたのだって能力発動に一役買うって側面からだと思うけど」
「逆効果だったらどうする? 覚醒する前にこの現状から逃げ出すかもしれない? これからもっと大変な目に遭うんだぞ!? 私がさっきさだわらしにいった下僕って意味もあながち間違いじゃないだろ?」
「それは沙田の心構えしだいだよ。俺たちが沙田との距離をつめはじめたのも繰さんの判断だし。さっき繰さんとも話したんだけど沙田の力を覚醒させるのはもうすこしゆっくりでいいと思うんだ。能力覚醒に伴う心の準備とかアヤカシ関連の知識も必要になってくるし。繰さんにそれをいったら落胆してたけど」
「お姉もいろいろ抱えてるからな」
「繰さんがいっぱいいっぱいのときは俺らでカバーしないと。沙田には知識として教えるよりも体で覚えてもらったほうがいいと思う。実体験に勝るものはないからさ」
どこか楽観的にみえる九久津だが、誰よりも現状把握能力に長けていた。
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