第256話 禁断の黙示録 ―神の代執行(だいしっこう)―


いままで二条を見守るようにしていたハンは右肩でおとなしくしている九官鳥の頭を二回トントンと軽くタップした。

 ハンの目元から出ている睫毛が風になびくたびに二条をチラチラと気にかけている。

 (この中途半端な状況でアンゴルモアを放っておいたらどうなるか知らね

ねーけど良いほうにいくわけがねー。なにをすればいいのかなんて悩んでる暇もねーよな)

 「ここにきて最後の最後に私が足を引っ張ることになるなんて」

 二条はふたたび空の彼方に帰っていく雷の塊を見送った。

 虚空を見つめ下唇を噛みしめる。

 {{累乗変化デウス・エクス・マキナ:弁慶}}

 ハンの肩に乗っている九官鳥のすべてのパーツとパーツのあいだに小さな隙間ができた。

 その間隔が広がっていきそれらは完成したプラモデルをふたたび解体したように細かな部品に分かれていった。

 そのパーツは宙でバラバラに散ったあと細胞が増殖するようにさらに増える。

 今度は隣り合った別のパーツごとにガチャガチャ組み合わさっていき元の九官鳥の何百倍もあるねぶたのような弁慶ができあがった。

 ハンの手の指先一本一本からは社雛が操るいとと酷似した細いいとが出ている。

 ハンが足元の黒い物体に右手を伸ばすと、そこから先端がメスのような形をした武器がぬーっと現れた。

 ハンは刃先が冷たく光る薙刀を黒い物体から引き抜き空中に放り投げた。

 機械仕掛けの弁慶はまるでバトンのようにそれを受けとり頭の上でブンブンと回転させている。

 弁慶はそのままトライデントの柄の部分まで飛び上がりトライデントの柄を目がけてその薙刀を一気呵成いきいかせいに振り下ろした。

 (そう。ハンの持つ弁慶の薙刀も望具だ。まあ、俺はそれを使うところを初めて見たけど。ただトライデントが望具のレベルファイブ相当なら弁慶の薙刀はせいぜいレベルスリーくらいだろう)

 

 弁慶の薙刀の刃先がトライデントの柄に衝突しても――バチン。と軽々と撥ね返された。

 それの威力は凄まじく弁慶はうしろにグルリと一回転した。

 (あれだって実戦で使ったとしたら上級アヤカシの下位レベルなら一刀両断だ。あっ!? ま、またハンの左肩に鳥が乗ってる? あれはハンの通訳用か?)

 『硬いな』

 ハンはいとから伝わる衝撃で間接的に弁慶の感触がわかる。

 (弁慶の薙刀で上からトライデントを叩けばたしかにトライデントに物理的な衝撃は与えられる。直接ダメージを加えるって点だでも薙刀とトライデントはたしかに相性はいいだろう。でも、それじゃ足りねーんだよ。神々の武器に衝撃を与えたうでかつアンゴルモアを内部から破壊できる方法を探んなきゃな……って、この時点でもう答えは出てるか)

 「ハン。この世には”やってみなきゃわからない”って前向きな言葉があるよな?」

 『ああ。それがどうした?』

 ハンが何本かのいとを動かすと薙刀を持つ弁慶の右腕が上がった。

 「でも俺たち能力者には美辞麗句びじれいくじゃない経験値や経験則による”やらなくてもわかる”ことあるよな?」

 『この現状がまさにそうだな』

 「そう。たとえその薙刀でアンゴルモアの内部に衝撃を与えても避雷針に雷を落とすような通電効果は得られない」

 『ああ、そもそもが衝撃の分散方向が違うからな』

 「だよな。それでもなんかをしなきゃって行動理念は俺にも理解できる、が」

 『――が、なんだ? 他になにか手でも?』

 ハンは周囲の変化に気づいた。

 それを察知してハンの目元はなにかを感じとった。

 それができるのもまた一流能力者の経験則だった。

 『……アウトサイドフィールドってやつか?』 

 「ああ、そうだ」

 『アウトサイドフィールドを出現させることできる能力者とはつまり特異点の能力者。一条はミッシングリンカーか?』

 「そうだ。そのミッシングリンカーおれに考えがある。神の代執行だいしっこうだ」

 『ミッシングリンカーであり神の代執行となると。一条はミッシングリンカーのタイプCということになるが?』

 「そのとおり。ミッシングリンカーのタイプGならば代執行・・・にはならない。俺は空間の概念擬人化体のネストだ」

 『……なるほど神々の武具には神のわざってわけか。でもそこまで自分の正体をさらけ出していいのか?』

 「まあ、ハンだって源義経の信託継承体だって明かしてるじゃねーか?」

 『それは歴史として知られている公然の秘密のようなものだ。公然なんだから秘密なんてまくらがついても誰でも知っているということになる』

 「だとしてもここで俺の正体をバラさないのはフェアじゃねーなと思って。そこで

ハン、非礼を承知でいう。連絡係を請け負ってくれないか?」

 『わかった』

 ハンはなにも訊き返すことなく承服した。 

 (さすが一流の能力者だ。俺の意図を汲んでくれてる)

 「この雲の下の近くにはジーランディアがある。つっても数キロはあるけど。アンゴルモア討伐ことをやりとげたあとに俺と二条はそこに避難する。その許可と諸々の手続きをしてほしい。俺たちがそこにいけば積乱雲ここはただの気象災害スーパーセルになるからな」

 『了解した』

 「すまないな」

 『いいや』

 「二条。俺とハンの話聞いてたろ?」

 一条とハンが話しているあいだにもまた二条は雷を落としていた。

 「ええ」

 「いいよな? 今もまたおまえの雷は空の彼方に消えてった。ふつうの雷・・・・・じゃ無理だって二条おまえもわかってんだろ?」

 「……」

 (神々の武器に相応しいのは神々のわざってことになる。そう神業かみわざだ。罪火つみびソドム、咎雷きゅうらいバベル、辜水こすいノア……その中のつみいかづち咎雷きゅうらいバベル)