「二条。使え」
「……」
「それしかねーだろ? てかよ、仮にアンゴルモアがこのままだとどうなるんだ?」
「わからない。でも体内の負力を入れ替えようしてたくらいだから最悪石化からの復活なんてこともあるかもしれない。なんせ総合魔障診療医の九条が化石化はあるていどは自然に治るっていってたくらいだし」
「マジか?」
「ええ、そうよ。能力の発展途上で石化したアンゴルモアなら日にち薬という名の自然治癒をやってのけるかもね。もっともそれには何日も要するかもしれないし数時間かもしれない」
(日ちに薬ってつまりは時間の経過か。やっぱ時間が経てば経つほどヤバイってことだな。石になったアンゴルモアを前に一度、退いて作戦練り直しますは通用しねーな)
「だったらなおさらだ。おまえがぶっ倒れてても俺が地上まで運んでやるから神業を使え。神業はミッシングリンカーでもタイプGの能力者と違って誰でもが使えるわけじゃねーんだ。それこそ業との適合、不適合がある」
「そうね。ここで躊躇ってる場合じゃないわね」
「あとは頼むわ。一条」
「ああ」
「ハン!? ありがとう」
二条は弁慶ごと空間に浸っていくハンに声をかけた。
「私は気象の概念擬人化体の子なの」
ハンはこのときばかりは長い睫毛でまばたきして目だけで驚いた。
「納得だ」
ハンはそう返してから――あのときはそのおかげで助かった。と声を強め弁慶もろとも黒い物体の中に沈んでいった。
「一条。トライデントの柄の上部二メートルくらいにいきたい」
「まかせとけ」
{{不均等空間}}
二条はいままさにこの状況に決着をつけるため一条が出現させた不均等な小さな黒い物体をリズミカルにトントンと上っていく。
二条はひと跳ねするたびにあんな短絡的なミスをなくす、と、己に戒めの楔を撃つ。
一条が配置した黒い物体を星座図鑑のように結ぶとそれは傾斜したローマの円形闘技場のようだった。
二条も上にいくにつれてその傾斜に気づく。
「一条。こんなときにシャレたことしてんじゃないわよ」
二条はすでに最頂点へと辿りついていた。
「こんなときだからこそ遊び心は大事だぜ」
二条はふっと笑みを浮かべて、それでいながらどこか感謝するようにもう一度微笑んだ。
そのまま口を真一文字に結び三度、超高層雷放電が撥ね返されていった虚空を見つめた。
二条は顔に陽射しを受け一度目を閉じてからバッっと目を見開いた。
三度目の正直はすでに通用しなかったから四度目は神器に相応しいただの雷ではない神の雷を落とす。
二条がゆっくりと両手を天にかざすと開かれている雲の中心に小さな光が集まってきた。
そこら中でパチパチっと静電気が起こっている。
それらの静電気は電子レンジの電子を可視化したように火花を散らしてなんの障害物もないのに辺りで乱反射している。
やがて電気はバチバチと激しい音を立て電気同士が手を繋いだようにひとつになった。
それはアンゴルモアの上空で魔法陣のような形を成し天を覆う。
すべての電力が魔法陣の中心点に一極集中して魔法陣は収縮していった。
それはつまりその質量の中に同等のエネルギーを留めていることになる。
アンゴルモアの上空には電気の収縮体とは思えないほど小さな高密度の電塊がある。
(人はまた神の逆鱗に触れるのか? 限度を知らずに天を目指そうとしたあれがなきゃいまだに人は単一言語で争いごともすくなかったかもしれねーのにな? ……いや、変わんねーか。イカロスだって太陽を望んで蝋の翼を熔かされた。本来太陽も天も人間が到達していい場所じゃねーんだよな。それでも今タームの終焉ぎわ俺を含む特異点の能力者たちは太陽や天空の領域を超えたあの場所に干渉しようとしている。似てるんだよなバベルの塔もイカロスの神話も。人間の傲慢に対する罰として。俺もそれまでは人間の世界を謳歌する)
一条はまだ一条空間ではなかったころの記憶を人工的に呼び戻していた。
その手に握っていたのは小さなアクサセリーのような水晶の頭蓋骨だ。
(オーパーツのクリスタルスカル……)
二条は両手を交差させる。
(思い出すな。単一言語を多重言語に分断した伝説の稲妻。……今回は日本のミームがアンゴルモアを生み出した。アンゴルモアがキュビズム型のだったのは多様化した言語伝達の影響も一因だ。それは神話の答えか? なら人が背負った罪はまったく消えてねーってことになるな。オルジナル・シン。なんか『円卓の108人』がいることすら当然の帰結に思えてくる)
{{{{バベル}}}}
二条は指揮棒を振る指揮者のように交差した手を勢いよく解いた。
(バベル……決して人間が扱えない能力。それが神業。ミッシングリンカーでもタイプCの適応の能力者かタイプGの能力者しか使えない。もしくはそれ相当に準ずる状態の者だけにしか使えない業)
無数の稲妻がナイアガラ滝のように空を乱舞している。
空を飾る雷たちはバックダンサーのように電塊の出陣を待っていた。
高密度の小さな電塊は辺りに火花をまき散らしながら竜巻のように回転し二重の螺旋を描く。
動きはじめたバベルは辺りに眩い光と轟音を響かせ針の穴を通すほど正確にトライデントの柄に落ちた。
バベルの本体はトライデントを採掘するようにアンゴルモアの中に侵入していく。
超高層雷放電が市販の花火ならバベルはイベントの打ち上げ花火ほどの威力の差だ。
アンゴルモアの体に血管が巡っているとしたらおそらくはそんな形になるだろうというふうにアンゴルモアの節々を浮かび上がらせてバベルは通電していった。
アンゴルモアの石化した「眼」にも充血したような筋が残っている。
他にもアンゴルモアの体には焼きつけらたようにさまざまな線があった。
(あれが各国のボーダーラインか。この比喩もあながち間違いじゃねーよな? けど、二条よくやった)
バベルは金色の光を瞬かせならがアンゴルモアの体すべてを通り抜けて積乱雲の外へと流れていった。
それは地上にいる者たちにとっては積乱雲からの落雷でしかない。
一条は意識を失い黒い物体から落ちてきた二条のそばで別の空間を引き伸ばしレスキューマットの要領で包んだ。
(おまえはすこし休んでろ)
アンゴルモアの巨体からメリメリという音とともにメキメキという軋む音もしている。
――ピキッ。
さらにアンゴルモアの体のどこかでそんな音がして体の線に沿いいっせいにヒビが走っていった。
――バリッ。という音を発端にアンゴルモアの体の線を起点に割れ目が広がっていく。
あちこちで――バリバリ。――バキバキ。となにかが壊れる音がしている。
とたんアンゴルモアの巨体が内部からダイナマイトで爆破したように――ぼん。と破裂した。
アンゴルモアの破片は鑿と金槌を使ったようにきれいな欠片となって飛散していく。
(ここからが俺の出番ってわけか)
{{開放系空間}}
一条は百数十もの亜空間をここより遠方に開いた。
それはすなわちアンゴルモア討伐作戦に参加した国の数と同じでありアンゴルモアの破片の数と一致する。
大小様々なアンゴルモアの破片は宇宙を漂う隕石のように光速で四方八方に散らばっていく。
一条はそんなアンゴルモアの破片が積乱雲の外に飛ぶ前にそれぞれ別の空間へと送っていった。
(たぶんこれでいい。けど、たいしたもんだな。計算されたように破片の大きさと飛んでいく方向がバッティングしない。これが五味のおっさんの比率を司る能力か? それでいて六角市の市側の対安定の管理者)
「よし」
{{閉鎖系空間}}
(当初の計画でいうならこれで成功だ。ただいつか各国上層部はここでアンゴルモアをかたづけなかったことを悔やむだろう)
※