第263話 バタフライ・エフェクト


 ――鷹司官房長官。米国雇用統計べいこくこようとうけいの発表でNYニューヨークダウは385ドル下がりましたが?

 ――雇用統計の発表だけじゃなく大型ハリケーン、エスメラルダの被害がいまだに尾を引いているからでしょう。

 ――失業率の悪化は限定的だと?

 ――はい。そう考えています。

 

 ――エスメラルダによって倒産した企業も多いはずです。それにまたハリケーンが発生したとの情報も入ってきています。さらにアメリカの景気が失速するのでは?

 ――そこはまだなんともいえませんね。

 ――そうですか。今回のハリケーンアンドロメダも前回のエスメラルダと同等あるいはそれ以上の規模との予測もでていますけれど。

 ――アンドロメダ?

 

 ――はい。今回のハリケーンの名前です。

 ――なるほど。まずは午前九時。日本の市場が開きしだい注視していきたいと思います。

 ――日経平均にも波及するとお考えですか?

 ――そこまでの懸念はありませんね。

 ――ですが日経平均に名を連ねる225社。その関連企業の多くがアメリカに進出しているはずですが?

 ――はい。おっしゃるとりです。

 繰は昨日一度家に戻って印刷物のデータを作成してから、そのファイルを印刷所に納入し株式会社ヨリシロかいしゃに直行した。

 そのころにはもう深夜になっていて戸村や九久津堂流のことそれに蛇のことや「六角第一高校いちこう」の四階に突発的に出現したブラックアウト体のモナリザのことなど昨日起こったもろもろの出来事をいったん封印し社長業にいそしんだ。

 

 繰は今仮眠から目覚め社長室にある自分の机に向かっている最中だ。

 まだ早朝だというのにもかかわらず片づけなければいけないことが多すぎて独り頭を抱えている。

 すべては株式会社ヨリシロの株主総会に注がなければ、と思うのだが昨夜沙田から思わぬところで「蛇」に繋がるかもしれない情報を得てさらに悩みごとが増えてしまっていた。

 すこしの気分転換とばかりに原電を入れた液晶からも繰の負担を増やすニュースが流れてきている。

 (はぁ~その225社のなかの一社が株式会社ヨリシロうちなのよ。コア30には入っていないからまだいいけれど。TOPIXトピックスラージ70には選んでもらってるのよ)

 繰は手にしていたリモコンを机の上に置き腕時計で現在の時刻を確認する。

 (「六角第一高校がっこう」にいくまでまだ時間はあるか。バタフライ・エフェクト……蝶は息を吸うように羽をはばたかせただけ。それが地球の真裏で嵐を起こすかもしれない。私が社長に就任っただけで株で損をした人がいるのも事実。株式会社ヨリシロうちにものすごい額を投じていた人なら元本を熔かしていても不思議じゃない)

 繰は社長の責任をさらに背負っていく。

 (株式投資とは会社の期待へのあらわれ。私はそれを壊したんだ。会社の舵をとるとはそういうことなのよね。私を恨んでる人物も大勢いるだろう、でもそれが社長の責務。財務部長さんの顔も浮かんでくるわ、一昨日決心したように株主総会で決着をつけないと。近いうちにTOPIXの構成銘柄からも外されるかもしれないし。う~ん)

 繰はふとまたテレビに視線を移す。

 (官房長官さんもあんなにたくさんのマイクに囲まれて大変そう)

 繰は溜息をつきながらチャンネルを替えた。

 ――アンドロメダは中心気圧配置897ヘクトパスカルの超大型ハリケーンになる見込みでメキシコ東部からそのまま北上していくということです。

 (日本ふくめて世界中の気候もおかしくなってきてる。これもある意味蝶のはばたきなのかもしれない……)

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