第272話 絆走(ばんそう)


 繰は株式会社ヨリシロの関連会社から夜に入稿した印刷物を受けとって今、校長室にいる。

 デスクに座りながら株式会社ヨリシロのロゴの入った封筒を手にしている。

 ロゴの横には【株式会社ヨリシロ 株主優待セミナー 効率よく現金化する10の心得】という緊急で封筒に印刷した文字があった。

 

 ――修文222円という硬貨で買い物をしようとした客が逮捕されました。

 繰はふとテレビに意識を奪われた。

 (222円? 偽造硬貨……? お金で大変な目にあった人ならこういうことをしちゃうのかも……)

 繰は三つ折りのA四用紙を封筒に入れてスティックのりで封をする。

 (よし。この封筒をあの人の机に置けば蛇が釣れるかもしれない)

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 今、思い返せば近衛さんもあのとき虫の報せを使ってたのかもしれない。

 『虫の報せを使ってるか使ってないかは当人たち以外はわからないからね』

 だよね。

 ただバシリスクのときにけっこうヤバい状態で一条さんのこと呼んでたからそうかなって思って。

 『可能性は高いと思うわ』

 俺はあのとき開放能力オープンアビリティの虫の報せを知らなかったからいまさらなんだけどね。 

 

 『知らないことはすこしずつ覚えていけばいいのよ』

 うん、これでも俺、日に日に知識が増えていってるんだよ。

 ……それで寄白さんにシリアルキラーのデスマスクのこともきいた。

 『ああ、美子が話したんだ』

 うん。

 だめだった?

 『ううん。別に隠すことじゃないけどみんなそれぞれに役割があるから』

 ああ、役割分担みたいなことね?

 『そうね』

 てか山田の狙いって校長だったんだね?

 『そうよ。ちなみに彼、六角第一高校いちこうの体育館倉庫の裏にクッキーの缶に入れた繰さんのアイテムを隠してるから』

 はっ!?

 マジっ!!

 小屋に靴を隠す犬か? あいつはそういう習性を持つ霊長類ヒト科ヒト属の新種か?

 『ふふ。なにそれ』

 えっ!?

 今のそんな笑うとこだった?

 

 『うん。ふふ。おもしろい。なんとなくエネミーと似てるし』

 まあ、たしかに俺とエネミーのギャグセンは近いかもだけど。

 哀しいかな昨日の理科の生物の授業が役にたってしまった。 

 『生物の分類ね。まあ、彼は彼でアヤカシから守ってあげないと』

 それは寄白さんもいってたな。

 山田は山田で六角市の市民だから守られる側なんだよね?

 『ええ。一般市民だからね』

 ねえ、社さん、俺さっきひとりでいたときに思ったんだけど蛇は忌具を作るために暗躍してるってことはないかな?

 『忌具目的、か……それってシリアルキラーのデスマスクからの着想でしょ?』

 そう、さすが社さんよくわかったね?

 『でも蛇はその忌具でなにをするのかしら?』

 それはやっぱり忌具を使って誰かを、あっ!?

 『私も沙田くんと同じように考えたことがあるんだけど。忌具目的であれアヤカシをブラックアウトさせている以上、人が被害者になる』

 だ、だよね。

 忌具を作っていても結局それは途中経過であって最終的には人が被害を受ける、結局、忌具を作るのは通過点だ。

 『だと思うわ』

 ひとりで考えるより誰かと話すほうが自分にない意見がきけていいね? それは俺昨日も思ったことだったのにな……。

 昨日もいったとおり中に九久津の兄貴がいることは寄白さんにもいってないから。

 『うん。それでいいのよ。私たちってアヤカシと戦う仲間だけどそれをいって誰かが傷ついたり負担になるくらいなら隠す。きっとみんなもそう』

 社さんもそうする?

 『するわ』

 なんか背中が軽くなったよ。

 『良かった。むかし、堂流くんがシリアルキラーのデスマスクを模倣まねたマスクをした能力者に遭ったことがあるっていってたから忌具のレプリカ・・・・を作るような人がいるのかもしれない』

 そ、それほんと?

 『ええ』

 それって、だ、誰?

 『さあ? 私も子どもだったしそれ以上の詳しいことは知らないわ』

 そっか。

 『ところで沙田くん、まだ四階にいていいの?』

 えっ、ああ、もうこんな時間か。

 俺もそろそろ教室に戻らないと。

 『うん。わかった。沙田くんって佐野くんと一緒のクラスだよね?』

 そうだけど。

 『……佐野くんどうしてる?』

 佐野か? う~ん、おばあちゃんが亡くなってからちょっと落ち込み気味かな。

 『そっか』

 バシリスクが出現した日に六角駅で佐野にあったんだっけ?

 『偶然ね』

 あっ、そ、そうだ社さんあとひとつだけ訊きたいことが。

 『なにかしら?』

 寄白さんは山田のターゲットが校長だって知ってたのに俺がいろいろやったことをなんで素直に受け入れたんだろう? 俺がおとりになったりとか時間差でバスに乗ったりとかめんどくさいと思うんだけど。

 『さあ。わからないわ。美子になにか考えがあったんじゃないかしら?』

 そっか、わかった。

 じゃあ、いったんこれで。

 ……ってこの虫の報せってどうやって切るの?

 『イメージ的にはこめかみから糸が伸びていてそれを切るようなイメージ』

 やってみる。

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 社はすでに自分の席についていた。

 (沙田くん、わかってないのね。どんな女子だって特別待遇で守られたいものなのよ)

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 社さんと話してをして俺の知識がまた増えた。

 が、寄白さんのバスの一件はわからない。

 おそらくは俺が下僕だからか? でもわからない。

 けどシリアルキラーのデスマスクに憧れてるかもしれない能力者がいるなんてそれもヤバいな。

 九久津の兄貴がそれを知っていても九久津の兄貴の記憶のぜんぶが俺の中にあるわけじゃないし。

 俺が自分の席でそんな考えごとをしていると、寄白さんは透明なカップに入った茶系の飲み物を手にしてご機嫌でやってきた。

 コンビニで買ってきたのか。

 って働きかた改革の影響か? ツインテールに戻ってるし。

 「沙田さん。ウクレレのひとつ上の音はなんでしょう?」

 

 やぱっぱりツインテールはワンダーガールだ。

 ウクレレのひとつ上の音? どういうこと? 上位互換的な?

 「ギターかな?」

 「ハズレです」

 「エレキギター?」

 「ハズレです」

 「ヒントは?」

 「ヒントはなしです」

 ないのかよ!!

 「ベース」

 「ハズレです」

 「わかんない」

 もう白旗。

 「ウクミミです」

 な、なんじゃそりゃ? あっ音階かドレミファソラシドで「レ」の上は「ミ」だから「レレ」の上は「ミミ」で「ウクミミ」か。

 また朝からポンコツ感満載で。

 「ああ。そういうこと」

 答えがエネミー的というか寄白さんがこうだからエネミーがああとういうかなんというか。

 それってエネミーとわりと近い人種の俺は寄白さんとも近いってことか? 寄白さんは満面の笑みでカップの飲み物のストローに口をつけた。

 「それってコンビニのコーヒー?」

 「これはタピオカミルクティーのタピオカ・・・・抜きでしてよ」

 じ、時代の反逆児!! 

 パンクすぎる。

 メインディッシュを捨ててる。

 それはただのミルクティーだ。

 ハムサンドのハム抜きと同じ。

 つまりはサンドを食べてるに等しい。

 サンドなんんて砂だぞ、砂を食うなんてそれをパンクと呼ばずになにをパンクと呼ぶ。

 ああっ、し、しまったぁ、穴の開いたタイヤだって完全にパンクだ。

 

 「沙田さん?」

 寄白さんがひとりパンクをしてる俺にまた声をかけてきた。

 「は、はい」

 「なにごとも見かけだけで判断してはいけませんわ。毒薬ぜんぶにドクロマークとDANGERデンジャーが書かれているわけではありませんのよ?」

 「そ、そのとおりです」

 な、なんかものすげー正論で説教された。

 今日はなんか朝から長いけどようやく朝のホームがはじまるな。