第273話 歴史雑学


 一時間目は日本史。

 鈴木先生はいきなり教科書から脱線していた。

 俺の鈴木先生を見る目も変わってしまう……良い・・先生だとは思うんだけど。

 でも、俺はこのテストにでない雑学が好きだった。

 点数に無関係なようだけど意外とその雑学でテストの答えに辿りついたりもする。

 鈴木先生の甲高い声が教室のうしろに抜けていった。

 ――五条大橋で牛若丸と弁慶が対決して牛若丸が勝ったのは有名だよな。

 弁慶が千本目の太刀を奪おうとしたけど牛若丸に負けて家来になるんだよな~。

 

 ――牛若丸はもともと鞍馬寺の鞍馬天狗に剣術を教えられたとされている。その鞍馬天狗ってのがあやかし・・・・だったなんて話まであるんだ。 

 えっ!? 

 す、鈴木先生アヤカシのこと知ってるの? そ、それって俺や当局のことも知ってるってこと? マジで?

 ――あやかしってのはだな。日本にむかしからいる妖怪みたいなやつのことだ。まあ六角市ここのシシャもそんな妖怪みたいなものかもしれないしな。

 

 ああ、そういう意味のアヤカシか。

 俺らがアヤカシと戦ってるのを知ってるかと思ったわ。

 あっ!?

 でも、それなら校長が前もって俺に教えてくれてるか。

 ――ただ先生には六角市の中に本当にシシャがいるのかいないのかわからないけど、世の中には不思議なこともあるから先生はシシャが存在していてもいいと思ってる。

 それにシシャが紛れているのは十五歳から十八歳。

 ちょうどみんなの世代だな? まあ、さすがにこの二年B組にシシャはいないと思うけど、六角第二高校にこう六角第三高校さんこうとにいたりするのかもな。

 鈴木先生「シシャ」ってわりと近くにいるんですよ。

 なんなら先生の前方数メートルにひとりいます。

 六角第二高校にこうにも真野エネミーって「シシャ」がいます。

 六角市にいるのはそのふたりだけです。

 寄白さんはあえて・・・なのかふつうに授業を受けていた。

 国立六角病院や、当局の人なら「シシャ」の正体を知っていて当たり前だけど、校内だと俺と校長と九久津と寄白さん本人しか「シシャ」の正体を知らないんだよな。

 知ってるほうからすればまったくもって謎じゃない。

 鈴木先生の雑学はなおもつづく。

  ――それでだ。静御前しずかごぜんは義経の子を身籠って産んだんだが。そのご源頼朝の命によって追ってきた安達清常あだちきよつねという武将にとり上げられ海に沈められてしまったんだ。

 おお!!

 歴史でありがち。

 ――どうした佐野? 保健室か?

 佐野が手を上げてる。

 「いいえ。先生その武将ってサイコパスですよね?」

 佐野はそういってから溜息をついた。

 「というかそういう時代の人たちってみんな頭おかしくないですか?」

 そ、それはそうだ。

 佐野はやっぱり命に敏感だった。

 ばあちゃんを亡くしてからとくにその傾向が強くなった気がする。

 歴史の教科書に載ってる人の逸話ってたしかに争いに関することが多い。

 それに信じられないほど残酷なことをやっている。

 赤ちゃんにそんなことするなんて……その当時の人間ってそんな簡単にそんなことができたのか? 赤ちゃんなんてあんなプニプニしててわいいのに。

 

 いや、現代いまだってある。

 最近はとくにそんな事件を耳にするようになった。

 血の繋がらない他人おとなの暴力によって赤ちゃんや幼児ちいさいこが殴られたり蹴られたりして死んでしまう。

 なんか俺は思ってしまった。

 結局、何百年経とうが古今東西なんにも変わてねーなって。

 九久津のいう「歴史の罪」。

 座敷童のざーちゃんだってそういう理由で生まれたアヤカシだ。 

 源頼朝もほぼ一方的に義経おとうとを殺そうとしてたんだよな? 佐野はまだ鈴木先生と討論している。

 ――おう、佐野それで。

 「だって先生。武将の首を撥ねて己の力を誇示するためにその頭蓋骨をさかずきにして酒を飲んだりするんですよ」

 ――ああ、髑髏杯どくろはいか。あれも世界中にあるな。

 「それって今なら完全な猟奇殺人者だし。シリアルキラーですよね?」

 佐野は正しいことをいってる気がする。

 クラスのみんなも声を出して納得してるし。

 やっぱりこれも歴史の罪ってやつか? けど朝の今で、またシリアルキラーって言葉をきくことになるとは。

 なんかシリアルキラーって特別な存在じゃなくて廃刀令がでる前のそれなりの地位にある武士ならほとんどみんな当てはまるんじゃねーのかって思えてきた。 

 万国共通、教科書で”偉人”だと教えてる人物だってだいたい同じようなもんだよな? 今の世の中で国を変える大量殺人メガデスはテロであって革命にはならない。

 

 誰も讃えないし誰も褒めない……。

 結局、歴史って誰かが誰かを殺して、殺したその人が国の中心に人物になってまたその人を誰かが殺して、殺した人が国の中心になることの繰り返しだ。

 俺は日本史の教科書の硬くてツルツルしている裏表紙をめくった。

 そこは日本の歴史の主な人物が載っている。

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弥生時代 

「卑弥呼」 

飛鳥時代 

「聖徳太子(厩戸皇子)」

「中大兄皇子」

「蘇我入鹿」

「蘇我馬子」

「小野妹子」

「藤原鎌足」=藤原氏の祖

平安時代 

「藤原道真」

「平清盛」

「源義経」

鎌倉時代 

「源頼朝」

「北条時政」

「北条時宗」

室町時代 

「足利尊氏」

戦国時代 安土桃山時代 

「織田信長」

「豊臣秀吉」

江戸時代 

「徳川家康」

「徳川秀忠」

「徳川家光」

「徳川義綱」

「徳川吉宗」

「徳川慶喜」

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えっ!? 

び、備考欄に、こ、これって中学では習わなかった知識だ。

そこには「五摂家ごせっけ」一条、二条、九条、近衛、鷹司という名字があった。

藤原氏の関係なのか? アンゴルモアを退治した外務省の一条さんの「一条」、寄白さんの【能力者専門校】の先生だった文科省の二条さんの「二条」がある。

それに国立六角病院の九条先生の「九条」。

さらに「近衛」って国交省の近衛さんだよな。

あとの「鷹司」っていう名字はよくテレビで見かける鷹司官房長官。

歴史の系譜の名字の人たちが当局にいた、ならあのテレビでよく見る鷹司官房長官って人も能力者な、の、か?

 ――まあな。そんな時代がたしかにあったんだよ。なかでも日本史上のいちばんの転換期は織田信長だろうな。

 俺が教科書に気をとられていても佐野と鈴木先生の話はまだつづいていた。

 弥生時代や縄文時代の前が古事記にある神代かみよ、神々が支配していた時代になるのか。

 えっ!?

 俺の中に記憶にある創世の神話と物語が違う? これって九久津の兄貴の記憶なのか?ってわけでもなさそうだ。

 この世界は幾星霜いくせいそうのときを越えて何度も壊されてきた……壊してきた? 誰がなんのために? 

 

 「織田信長だって同じただの破壊者です」

 今回佐野がいったこともまた正解ってるだろう。

 俺は教科書のいちばん最初からページからめくってみる。

 すると世界と歴史の見方が変わっていった。

 だって今、俺が見てる教科書に載ってる偉人は殺人者たちだ。

 

 みんな誰も疑わない。

 歴史の偉人たちが近代にいればすべて罪人だ。

 心なしか蛇が優しく思えてきた。

 昨日も早朝あさも蛇ヤベーって身震いしてたのに。

 なにかの物語でもでっちあげの陰謀論で悪に仕立て上げられることがある。

 蛇は本当に”悪”だといいきれるのか? 時代をただす者……なんてことはないよな。

 あっ!?

 あぶねー俺も取り込まれそうになった。

 ――モンゴルに渡った義経の怒りの矛先は日本そのものに向けられたらしい。

 ……ん? 義経が……初耳だ。

 俺は鈴木先生のこういう話をしてくれるところが好きなんだよな。

 けど源義経のそれって転生のパラドックスってこと? 義経は日本の敵だった?

 「人間の本質はそんなものか……なら、それでいい」

 佐野がつぶやくようにいった、それがやけに印象的だった。