寄白が家路に着くころ繰はひとり会社にいた。
(ふぅ~今日もいろいろ疲れたな~。それでも鈴木先生の件はひと段落したし、あらためて株主総会のほうに集中しないと。美子は今家に帰ってる途中か。さすがにあいだに入ってもらうってわけにもいかないわよね……。どちかっていうと美子だって立場的には私寄りだし。しばらく口をきいていないけどそろそろお父さんに報告しないと……)
繰は固定電話に手を置き、受話器を何度か手にとっては置くを繰り返してようやく短縮ダイヤルのボタンを押した。
「あっ、あの」
「繰?」
「はい。あの、ご無沙汰しています」
「どうした?」
「はい。あの株式会社ヨリシロの株主総会のことで」
「そっか。けどのその日は父さんは真野さんと一緒に丸一日Y-LABにいないといけないんだ」
「そうですか」
「ああ。魔獣や幻獣の遺伝子解析をする機器導入の記念式典でな。新しい魔獣医と妖花の研究者も着任しその懇親会もある。国からの助成金も相当な額が入っているから父さんは絶対に出席しないといけないんだ」
「わかりました。じゃあ、また日をあらためて。ただ絶対に伝えたことがありますので、それだけはメールしておきます」
「ああ、わかった」
「はい」
「ああ、繰」
「な、なにか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか。でも……」
「いや、あのな。体には気をつけろよ」
「えっ!? あっ、はい、わかりました」
「いろいろかけもちしてるんだから」
「はい」
(私はいつからこんなにお父さんと距離をつくってしまったんだろう……って堂流のときからか)
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幽霊はどうなったんだろう? 俺は部屋でひとり寄白さんがどうなったのか気になっていた。
まあ、寄白さんがミスるっては考えにくいけど、それでも気になるな~。
ってこんなことを考えていてもしょうがない明日の時間割を確認しておこう。
俺は机の上のプリントを手にとる。
あっ!?
明日の現国は漢字小テストか。
と、その前に今日の現社の教科書にあった五摂家のことを調べてみよう。
俺は画面をタップして検索エンジンのアプリの検索窓に「五摂家」と打ち込んだ。
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摂家とは、鎌倉時代に成立した藤原氏嫡流で公家の家格の頂点に立った五家(近衛家・九条家・二条家・一条家・鷹司家)のこと。
大納言・右大臣・左大臣を経て摂政・関白、太政大臣に昇任できた。
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ってことはよくいう出世コースってやつか? どのみちその時代のエリートたち。
でもその五摂家の上が「藤原氏」になるのか。
時代が変わっても昇格とかそのへんのシステムは変わらないな。
一条、二条、九条はときどききく名字だけど、さすがに近衛と鷹司はそうそう耳にする名字じゃない。
じゃあ近衛さんはじめ、当局にいる五人はその五摂家の血筋の人たちってことになる。
まあ、現代でもエリート街道まっしぐらだけど。
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総理大臣官邸内、内閣官房長官室。
部屋の壁には各国の主要都市の現地時間を表示したデジタル時計があり、大きな机の上には星の砂の砂時計が置かれている。
壁のデジタルの時計が示している時間は東京の【22時42分】
追随する各国も同じようにときを刻んでいく、ただ遅い者もあれば早い者もある。
シンガポール【21時42分】 パリ【15時42分】ロンドン【14時42分】
ニューヨーク【9時42分】 ロサンゼルス【6時42分】
ホノルル【3時42分】
鷹司の目の前にはトレーディングガードのような十八枚のカードがきれいに並び
机の脇には【藤原茜 法要】という一通の便箋が置かれている。
その便箋の上には小さな透明な頭蓋骨のオブジェが重石代わりにみっつ並んでいた。
カードのどれもにSDGsという暖色と寒色の混ざったカラフルなロゴがある。
鷹司はそのなかの一枚目をめくった。
【1.貧困をなくそう】
机の角に小さな手をかけて上目遣いで鷹司の手の中のカードをながめている着物におかっぱの者がいる。
鷹司は視線を落としてそのつぶらな目と目を合わせた。
「これかい? 貧困をなくそう。そうだな。きみのようにごはんを食べることに困って命をなくす者をゼロにしようってこと」
鷹司が鷹揚に訊いても座敷童は口を開けたまま首をかしげるばかりだった。
「日出ずる国に安寧は訪れるかい?」
座敷童がまた首を傾げた。
「住人に幸運をもたらす”家憑き”の座敷童が総理大臣官邸にいてくれるならこの国にも幸運が訪れるんじゃないかと思ってね」
座敷童はただ笑みを返して鷹司の代わりに二枚目のカードをめくった。
【2.飢餓をゼロに】
「おっとこっちのカードほうがきみを救えるかもしれないね? 口減らしなんて悪習をなくせる。世界中の飢餓をなくすなんてことできるかな?」
座敷童は鷹司の言葉をきかずに三枚目のカードをめくる。
【3.すべての人に健康と福祉を】
「日本には国民皆保険制度という世界でも稀にみる制度がある。これは我が国が国として誇っていいものだ」
座敷童はまるでそんな遊びがあるようにカードをめくり、鷹司の解説をきいている。
【4.質の高い教育をみんなに】
【5.ジェンダー平等を実現しよう】
【6.安全な水とトイレを世界中に】
【7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに】
【8.働きがいも経済成長も】
【9.産業と技術革新の基盤をつくろう】
座敷童はまたつぎつぎにカードめくっていった。
「おっと。もう飽きてしまったかな?」
座敷童はパッツン前髪に触れてから、また鷹司の注意を引くようにいっきにカードを裏返した。
【10.人や国の不平等をなきそう】
【11.住み続けられるまちづくりを】
【12.つくる責任つかう責任】
【13.気候変動に具体的な対策を】
【14.海の豊かさを守ろう】
【15.陸の豊かさも守ろう】
【16.平和と公正をすべての人に】
そして残りのカードは二枚、鷹司はその二枚のうちの一枚をめくっておもむろに机のうえに置いた。
【17.パートナーシップで目標を達成しよう】
「この目標を達成すれば理想の世界になるかな?」
座敷童はコクコクとうなずく。
(先にあるのは絶望のユートピアか? 希望のディストピアか?)
座敷童はそのまま残りの一枚に手を乗せたときに鷹司は上から自分の手の乗せた。
「SDGsの0番はまだ開いてはいけない。切り札とは使わないことが”正しい使いかた”なんだから」