第287話 鬼手仏心(きしゅぶっしん)


 「じゃあ?」

 「人はどうして花を飾るんでしょうか?」

 戸村は急に話の筋を変えた。

 九久津はまるでその言葉に誘導されるように病室の花に目をやる。

 指先に召喚憑依させていたカマイタチの影響で花弁たちはクルっと新聞のほうを向いていた。

 「花の色や香りで心を落ち着かせるため。そんな癒しや安らぎの効果じゃないですか?」

 「手向たむけられた花にどんな願いが込められているのか? せていった花の願いはどこにいったのか?なんて多くの犠牲者のために捧られた花を見て思ったものです」

 「それは災害の後の献花のことですか?」

 「ええ。ここでもうひとつ情報を提供します。現在、外務省がジーランディアの視察にいっています」

 (ど、どこからそんな情報を?)

 九久津の視線の斜めさきの新聞の見出しに――”GDPの改善が喫緊の急務、鷹司官房長官談”が踊っていた。

 (政府関係者か? だとしても九条先生のスタッフとして働いているのはどうしてだ? 国家公務員は階級がすべて。潜入? たしか厚労省の麻薬取締役官、通称マトリなら麻薬取引の潜入捜査をおこなえる。それに警察庁の警備局公安課、秘密警察と呼ばれるゼロだっていったん警察を退職したとみせかけ潜入捜査をおこなう人もいる。この人は政府から情報を引き出せるパイプを持ってるのか?)

 九久津は戸村の立ち位置を見失う。

 

 (この人のことがわからない。でも献花の話からすると、災害の体験がこの人になにかを植えつけさせたんだろう。あるいは本当はを地震で亡くしていて兄を亡くした俺と重ねたのか?)

 「そんな記事を目にすると私はまた、まだ見ぬ誰かの嘆きを思ってしまいます。裸足で母親を探す子ども……」

 経済新聞の下にある新聞にはアメリカで発生したハリケーン、アンドロメダの記事があった。

 

 【被害予測。アメリカの被害は甚大か?】

 (ハリケーン。それにまだ見ぬ誰かの嘆き、これから必ず犠牲になる誰かのこと。この人は一倍誰かの悲劇に敏感なんだ)

 「私は自分が信じるものためなら迷わずに情報の提供しますよ。つい十日前にも空を飛んでいた刀の通報を当局にしましたから」

 (か、刀が空を。それって)

 「妖刀?」

 「おそらく。ただ国交省の近衛さんのところには情報は伝わっていると思いますけど」

 (近衛さん、あの人なら安心はできる。国交省も不可侵領域を探っている最中だし。ただ妖刀の他にも忌具が動き回ってる。この人に藁人形の腕ことを伝えるべきか……いや、あれは今のところ美子ちゃんに一任してる。俺を尾行してたやつはもしかすると俺らに力を貸してくれそうな戸村この人と俺らの戦力を分断しようとしたかもしれない? 俺はあくまで臭鬼のニオイでしか尾行者の判断をしてない)

 「やっぱり親は子どもと離れてはいけないですか?」

 

 九久津もどこか心を許し、身の上話をするように昨日の話題を乗せて戸村に訊いた。

 「当然ですよ。とくに母親は十月十日一心同体だったんですから。六角市ここでも音無さんってかたが」

 「お、おとなし?」

 九久津は戸村の話に被さるようにいった。

 (たしか美子ちゃんが、そんな名前を)

 「はい。音無霞おとなしかすみさん。ご存じですか?」

 「昨日、美子ちゃん。繰さんの妹が成仏に導いたです」

 「そうだったんですか。亡くなっても、まだ……」

 戸村は神妙に答える。

 「彼女は性的暴行の被害者なんです。加害者は顔見知りらしいうえに証拠も不十分。それに事情聴取に耐えられないと音無さん側の弁護士のアドバイスで自ら被害届けを取り下げたそうです。それって本当のアドバイス・・・・・なんでしょうかね?」

 「町を彷徨っていたあの幽霊ひとにそんな悲劇ことが?」

 「そのご治療にきていた病院で周囲の静止をふりきって病棟から身を投げたそうです」

 「……」

 「あまりに突発的に死を選んだ彼女は自分の死を理解できないまま未練に縛られていたんですね。当然ですよね。子どもを置いていってしまったんですから」

 (それでもその人は子どもに会いにいくために毎夜毎夜タクシーを停めては家に帰っていた……)

 「音無さんを追い込んだ加害者を空飛ぶ刀がバッサリ斬り捨てる。なんて都合よくはいきませんかね?」

 「世の中にそんな勧善懲悪があるわけないじゃないですか」

 「能力者である以上、九久津さんも死とは近いところにいる。そうですよね?」

 「ええ」

 「私、世界の不条理が許せないんですよ。そのためなら世界を壊すこともいとわない」

 (不条理が許せない。俺も美子ちゃん雛ちゃんも繰さんもそう思ってアヤカシと戦ってきたんだ)

 「世界を壊す?」

 (スクラップアンドビルド……でもむかし兄さんもそれに近いことをいっていたな。の領域に干渉すればどうのこうの。それを阻んでいるのがいわゆるジーランディアなのか? それに蛇、もか?)

 九久津は戸村の中になにかの決意を見た。

 「きれいに見える肌の下に致命傷を負っている場合がある。そんなときは肌を切り裂いて血栓を除去し砕けた骨片を摘出し結紮けっさつする」

 戸村は涼やかに告げた。

 (これを単純にこの人の情報のギブアンドテイクだと考えても、末端の俺らから引き出せる情報なんてあるか? この人に見返りになるもの。俺がこの人がやろうとしていることの頭数・・になることか? 政府関係者だとしても戸村この人は異質な存在だな? でも当局より信頼できるかもしれない)

 「鬼手仏心きしゅぶっしん。私の座右の銘です」

 「きしゅぶっしん?」

 「ええ。高校がっこうでは習わない言葉だと思いますよ」

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