今日は佐野と一緒の掃除当番だった。
俺が教室の角で埃塊と格闘していると、目を輝かせた佐野がちりとりを持ってやってきた。
「沙田。当たり前ってさ、その場所から落ちて頭上に”当たり前”が見えるからこそ、ああ、当たり前って大事だったんだって気づけるんだよな?」
……ん? 佐野どうした?
「えっ、おお、おお、そうだ、な」
たしかにいったん落ちてみなきゃわからないな、それは、うん。
「足元にあるうちは気づかないよな?」
「だな」
下にあれば気づきにくいし、上にあれば見上げることができるからな。
佐野は、ものすごい鋭いところをついてきた。
佐野ってもしや教師でも目指してんのか? それなら最近の積極的な授業態度も理解できる。
なら公務員試験受けて教員免許取得コースか? 九久津も国家公務員で当局入りっぽいし。
なんか俺だけ取り残されてる感が……。
俺はしゃがんだ佐野のちりとりにほうきで埃の塊を放り込んだ。
「埃ってなんで存在してんだろ?」
俺はなにげない疑問を佐野に訊きつつ、つぎの埃をちりとりに入れた。
埃っていつも掃除してんのに、毎日毎日どこからか出てくるんだよな。
「沙田。埃にも塵にも存在理由があるんだよ」
佐野、なんて頭の柔らかいやつだ。
埃に存在理由があるなんて思いもしなかった。
この世界に意味のないものなんてないのかもしれない。
「毎日、ごみとして捨てられるだけの邪魔な存在じゃないのか?」
「埃がないと困る人もいるだろ?」
な、なんだと? 埃がないと困る人? いるかそんな人……いないよなそんな人、あっ!?
俺は手のなかの物を見る。
いた!!
ほうきを作ってる会社、もっといえば掃除用具を作ってる会社。
ってことは空気清浄機や除湿器とか脱臭機とかもそうか。
「なるほど。いわれてみれば佐野のいうとおりだ」
この、なんだか寺で問答修行をしたような掃除の時間も五分くらいで終わった。
宝蔵院胤舜も僧侶なんだよな、けど、埃の存在理由は?なんてことを考えたとはないだろうな、きっと。
胤舜。
※
寄白さんいわく、今日の四階は異変アリということなので、掃除を終えた俺と寄白さんはいったん校長室に寄っていくことにした。
寄白さんは偉い人のように校長の机に座って、新たな『保健だより』の構想を練っている。
昼休みの山田の件がなにげに響いてるな。
もともと寄白さんは『保健だより』に凝ってたし。
ま、まさか校長もっとキワどい写真が、いや、場合によっては校長のグラビアさえ掲載るかもしれない。
当の校長はテレビの画面を指さしていた。
「だから世の中ってなにがどう繋がってるかわからないのよ。今回のアンドロメダの影響で倒産してしまう会社だってあると思うの、私は」
「まあ、広範囲に被害が及ぶならそういうこともあると思います」
「でしょ。沙田くんもそう思うわよね?」
「はい」
「結局、神のみぞ知るってこと。小説なんかの神視点で世界を観てみるとこの世界がどう動いていて誰と誰に因果があるのかってすぐにわかるのにね。えー!? この人とこの人に繋がりがあったの?みたいに。それに誰が蛇なのかすぐにわかるでしょうね」
「まあ、そうですね」
俺が校長にそう返したとき、今日の校長の反応は早かった。
さっそうと体を翻し、寄白さんが悩んでいるその目の前の受話器をとった。
電話の鳴り始め一コールで電話にでてる。
「はい、もしもし、寄白です。えっ、あっ、はい」
校長はテレビのリモコンのミュートを押してから、目の前にあった机の上のメモ用紙を引き寄せクルっと百八十度回転させた。
首に受話器を挟んでクリアブルーのペン立てからペンを一本とってなにかを書きはじめた。
その文字はすぐに漢字の部首である獣偏だとわかった。
そして「土」と書いたあとは「口」よりもっと横長の四角を書いて、つぎに「衣」の上の点と横線がないやつを書きたした。
この漢字は「猿」だ。
猿? 電話越しに猿ってどんな話?
「えっ、そうだったんですか?」
校長はなんだか驚いたような反応を見せた。
「あれってじつは二種類混ざってたんですね?」
なにが混入してたんだ? まさか株式会社ヨリシロの扱う食品に猿が入っていたとか?ってそんなんあるかい!!
虫の混入なら、たまにきくけど猿ってでかすぎ。
校長はまたメモ用紙に獣偏を書き、そのあとに「里」と書いた。
えっと、この漢字は「狸」だ。
これは猿のなかに狸が混ざってたってことか? どこかの動物園のできごと?
――あの、猿、木に登らねーな?
――狸かい!!
ってこと。
でも寄白さんの会社なら動物園を運営しててもおかしくはない。
むしろ絶対やってるだろってイメージ。
パンダの院院いるかな? いねーだろうな。
「それに虎ですね。わかりました」
校長はメモのいちばん下に「虎」と書いている。
これは虎を輸入しちゃいますか?ってこと? そんな話を電話一本でするか?
「ありがとうございます。当局だけに情報がいくと思ってましたから」
校長は受話器と一緒に頭を下げた。
でも、当局ってことは仕事関係の電話じゃ、ない、よな。
「沙田くん」
校長が笑顔で振り返る。
「は、はい」
「沙田くんが端材置き場で見つけた動物の毛の正体がわかったわよ」
えっ!?
ああ、俺が六角市の南南東の郊外にある廃材置き場にいったのは九久津がバシリスクと戦って五日目、今日から遡っても五日前のことだ。
そのときの散らばっていた「茶色に近い黒い動物の毛」と「黄色い動物の毛」の鑑定結果がでたんだ。
「で、その動物の毛がそれですか?」
俺は校長が手にしているメモ用紙を指さした。
「そうなの。猿と狸と虎。でも茶色に近い黒い動物の毛ってのがね、じつは二種類混ざっててね」
たしかに色は似てるもんな。
「ああ、それが猿と狸ですか?」
「そういうことよ」
毛の色が全部同じだからって、ぜんぶが同じ動物じゃないってことか? これは盲点だ。
茶色の毛が落ちてても、茶色の体の動物が何種類混ざってるかは鑑定するまでわからないのか。
「だからじっさいは三種類の動物の毛が落ちてたってことになるわね」