第294話 【学校の七不思議? シューベルト】


 寄白さんとふたりで四階にくるのは昨日の早朝以来だ。

 いちおう、蛇の罠が残っているかもしれないから細心の注意を払って四階にきた。

 今日の寄白さんは、ときどき髪を留めている髪飾りをしている。

 そういう気分なのか? まあ、俺には女子がアクセする気分なんてわからないけど……。

 廊下には社さんの厭勝銭ようしょうせんである和同開珎、寛永通宝なんかの古銭がまだ散らばっていた。

 それは、当然だ。

 あれからまだ誰も四階ここに手をつけてないんだから。

 天井のサーキュレーターは絶好調で回っていて、天井と廊下のバランスがなんともいえない。

 校長は修理依頼の手配をしたらしく、電話した時点で二、三日後に修理にくるって話だから、明後日、明々後日くらいには当局関係の修理業者がここにくるはずだ。

 ――ダンダン、ダンダン。ダンダン、ダンダン。

 奥にある音楽室から、そんなピアノの音が聞こえてきた。

 今日も元気(?)にピアノは低音を鳴らしている。

 放課後はこいつらの活動時間だしな。

 「さだわらし、先にいっておく」

 すたすたと廊下のさきを歩いていた、寄白さんが急に振り返った。

 「は、はい、なんでしょうか?」

 とっさの敬語。

 あいかわらずの下僕だな、俺は。

 「パンツが見えてもそれは見せパンだ」

 えっ?

 「はっ? は、はい」

 「でも、見たら。凍らす。お姉が許しても、がっちり凍らす」

 寄白さんは制服のポケットから体育のあとの制汗スプレーのごとく、持ち運びしやすいようにカスタマイズしたコールドスプレーをだした。

 コ、コールドスプレー持参? バッハの日、再来か?

 あのとき俺は急にバッハが現れビビって、まったく戦闘とは関係なく背中と腰を椅子の背もたれに打ちつけた。

 

 けど、あんな廊下の途中に椅子を置かなくても。

 誰だよあんなとこに椅子置いたの? その日は良かったものの、つぎの日にまた腰が痛くなって保健室で寄白さんに氷の刑に処された。

 「は、はい。そのときは存分に凍らせてください」

 「望みどおりにしてやる」

 「はい」

 俺はまた寄白さんに圧倒される。

 寄白さんのイヤリングが揺れた。

 おっ、廊下の前方を確認してる。

 そろそろ人体模型が走ってくるころか? えっ、おっ、ああ、おっ!?

 あ、あれって音楽室の肖像画のなかの、シュ、シューベルト?

 

 音楽室にある著名な音楽家のなかの一枚であるシューベルトが後ろで手を組みこっちに向かって歩いてくる。

 「六角第一高校いちこう」の七不思議にある不思議のひとつである《ストレートパーマのヴェートーベン》はときどきに違う音楽家に代わる。

 仕組みとしても、音楽室に飾られている肖像画ならばどれが出現してもおかしくはない。

 今回はたまたま、シューベルトだっただけだ。

 これが今日の四階の異変の正体か。

 シューベルトは、すげー堂々としていて音楽家として活躍してたころもあんふうに歩いてそうなくらいだった。

 「寄白さん、今日はシューベルト?」

 「まあ、そんなパターンもあるさ」

 ポニーテールの寄白さんは溜めもなく右耳の十字架イヤリングを手にした。

 は、早っ!?

 シューベルトは初登場三秒、セリフなしで、まるで磁石で引き寄せられたみたいにいしてイヤリングに吸い込まれていった。

 これアニメなら完全にモブだな。

 マンガでもこのシーンいるか?って感じでカットされるだろう。

 ただこれが本格ミステリならば、のちのちいてくる。

 でも、これは現実。

 寄白さんは、また左耳からイヤリングを外した。

 えっ、もうはやイヤリングを? 藁人形の腕を格納したままのイヤリングは温存したままだろう。

 「ジャジャジャジャ~ン!! ジャジャジャジャ~ン!! ジャジャジャジャ~ン!!」

 デ、デジャブ、こ、この音楽はヴェ、ヴェートーベンだ。

 今日は、音楽家が二体か、でもシューベルトはブラックアウトしなかったから、いたってふつうの状況だ。

 今回のヴェートーベンもなんか変わったやつで頭に赤い布を巻いていた。

 あんなものをいったどこで? って、あれは絵のなかにあった赤いスカーフ。

 スカーフでファッションアレンジしてるし。

 なぜこの四階に出現するヴェートーベンは毎度毎度、楽しげでいて、さらに服装にアレンジを加えてくるのか? すくなくとも俺が四階で遭遇した音楽家のバッハも、ちょっと前のシューベルトも外見は肖像画のまんまであんなに強い個性はなかった。

 

 「寄白さん、あのヴェートーベンっていつも一緒タイプな感じがするんだけど?」

 「かもな」

 「うわぁぁぁぁぁ!! エリーゼェェェ!! のためにぃぃぃ!!」

 寄白さんはまた、ヴェートーベンを瞬殺した。

 

 「さだわらし。ちょっと」

 はっ!? 寄白さんが指先で”来い来い”してる。

 な、なぜか呼び出し? こ、これはまさか、そ、そうだ、きょ、今日は九久津がいない。

 こ、これは遅ればせながら、学生憧れ三大シチュエーションの再来なのでは!!

 ……ん? 俺の頬になにか鋭く細いものが……ト、トリガーノズルが食い込んでる?

 「これを引けば、おまえは凍る」

 うっ!?

 寄白さんは眉間に銃口を突き付けるヒットマンみたいに、俺の頬にコールドスプレーの先を突きつけ、指先を引き金(?)に当てていた。

 それを引けば、俺の顔は――ブシュー!!っと凍る。

 只野先生がいっていた、雪女の魔障、フリーズ・ベーゼを思いだす。

 

 「さだわたし。また変なこと考えてたんだろ?」

 えっ? 

 「いやいや、な、なにも」

 「それは直訳すると、すでにパンツを見たってことか?」

 そ、そんな理不尽な!!

 なんでそうなるのですか? 今日の寄白さん、イヤリング使っただけで戦闘時あんまり動いてないじゃん!!

 「見てないです」

 「うそだよ」

 「えっ?」

 ぐぬぅ、ツンデレ発動してやがる。

 寄白さんはコールドスプレーをサッとひっこめた。

 「こっち、こっち。今日の四階のアヤカシ退治はこれで終わり」