「な、なんなの、あなたたち? どうやってここにきたの」
突然、現れた俺たちに驚いてる。
そりゃあそうだろな。
こんな場所に突然、人がでてきたんだから。
寄白さんは、この人を驚かさないようにまず隣の低いビルを選んだのか? 俺らが急に亜空間からこの人の目の前に出現すれば、今、以上に驚いて手首をナイフで切ってしまっていたかもしれない……。
だからワンクッションおいた。
「そんなことはどうでもいいだろ。今は」
先に屋上についていた寄白さんが返した。
「六角市はシシャが紛れて生活してる町だし、わけのわからないこともあるか、さっきも女子高生の幽霊見ちゃったし。現にあの絵だって……。けどその制服六角市の高校生でしょ。何者なのあなたたち?」
……今、死のうとしている人でさえ「シシャ」の噂を知っている。
すごいな。
ただ、幽霊ってなに? 「え」って? なにかに呼ばれてるとか? いや、この状況にふつうの精神状態を求めてもしょうがない、か。
この人も簡単に「シシャ」っていうけど、「使者」と「死者」のふたりの苦しみなんてわからないんだろうな。
結局、俺だってこの人がなにを思ってこんなことをしてるのかわからないし。
本人以外、なにを思い、なにに苦しんでるかなんてわからない。
そういうことだ。
どんなことがあれば死んでしまいたいなんて思うんだろう。
十七年生きてきて、大変なことはあったけど、死にたいなんて思ったことはない。
ここ二か月のあいだに、死ぬかもしれないって思うことはあったけど……俺もまだ子どもなんだろうな。
「ただのはぐれ者だよ」
たしかに俺らはふつうとは違う世界にいて一般の高校生からも、はぐれてる感はある。
「なら私だって、はぐれてるわよ。世の中から零れ落ちてかれこれ十三年……」
「私もクラスで浮いてるからさ」
寄白さんの声のかけかたって場慣れしてるよな。
ふつうなら慌てて、どうしていいかわからなくなる。
まあ、寄白さんも浮いてるっちゃ浮いてるか? ツインテールのときは不思議っ娘だし。
クラスメイトは寄白さんが「シシャ」だということも、本来はこんな姿だということも、それに日夜アヤカシと闘ってることも知らないんだし。
けど、日常生活では使わない亜空間を使ってまで移動してきたんだ。
この屋上にもアヤカシに関するなにかがあるってことだよな。
「ほっといてよ」
「ほってはおけない」
「どうして。私みたいな役立たずの独り死のうが勝手でしょ? この国の誰も見向きもしないわよ。むしろ邪魔者が一体減って、国が助かるくらいよ」
「まあ、まずは話だけでもしてみない?」
寄白さんが、その若い女の人と話していると、寄白さんは自分の右手を背中側に回して人差し指を横にしたまま、俺から見て左側をとんとんと二回指差した。
なに? その方向になにが?
えっ!?
あんなことに真っ黒な和彫りの額縁がある。
額の中は黒い手形を何度も重ねたような絵だ……。
でもあの絵は、まるでビルの壁にくっついてるように自分をカモフラージュしてる。
話ではきいてたけど……あれって社さんがロータリー前の飛び降り事件のときに見かけたという絵画か。
なら、あれは忌具。
この人がいってた「え」ってのは絵画の「絵」のことだったのか。
じゃあ女子高生の幽霊は、寄白さんのこと? でも、それってこの人が幽霊を見た時間と合わないか。
この人はあの絵の障でこんなことをしようとしてるのか? 寄白さんはアヤカシの出現予測だけじゃなく忌具の動きも読めるみたいだ。
でも、それは俺もなんとなくは感じてた。
俺は寄白さんが俺を連れてきた意図を悟る。
にしても、あの絵をどうすれば?
『さだわらし、聞こえるか?』
俺は左右を二回ほど見回した、そのあとに上下を見て、もう一回上下左右を見返す。
『さだわらし?』
……ん、聞こえるけど、これどっから聞こえてるんだ? そ!?
そっか、これって開放能力の虫の報せ。
『そうだ』
なるほど、ここで使うには最適だ。
スマホのチャットアプリでいちいち文字を打つよりも楽だし。
まあ、盗聴されるかもしれない点だけは注意しないと。
ただ、この虫の報せは双方向の距離によって盗聴される確率が高くなるんだから、俺と寄白さんのこの距離で会話を盗聴されたとしたなら、それは結局、口頭会話も聞かれるてることだろう。
けど俺、知らず知らずのうちに寄白さんからの虫の報せの通話を許可してたんだな。
これも感覚で覚えていくしかない。
でも、たぶん使いこなせてる。
俺が社さんと話したときは、俺の心の声と俺が発する言葉がごちゃごちゃになってたから。
『そういうこと。雛に虫の報せのことを教えてもらったんだよな?』
『うん。山田を見張ってた日の朝、寄白さんがちょうどコンビニにいってるときに教えてもらった』
俺も虫の報せを使って寄白さんに言葉を返す。
思ってることと声を混線させずに返答できた。
『なら概要は知ってるな? あの絵はおそらく雛が見た忌具と同じだろう。人を自死に誘う絵。スーサイド絵画』
スーサイド絵画、九久津がいってたヤバい忌具だ。
忌具保管庫から抜け出してるのか? あるいはレプリカか。
九久津いわく、忌具が忌具保管庫からそうそう抜け出すことはないらしいから、レプリカっぽいけど……。
本物なら当局がもっと騒いでてもおかしくないよな。
さらにじっくりスーサイド絵画を観察してみよう。
う~ん、そもそも俺は忌具の専門家じゃないし真贋鑑定なんてできない。
なんか注目する点とかあるのか? 注意深くスーサイド絵画の全体をながめてみる、が、なにがなにやらわからない。
『わかった。んで俺は、どうすればいい?』
『私はこの女の人を説得する。そのあいだ、さだわらしに十字架のイヤリングをひとつ渡す』
『イヤリングを?』
『ああ』
それってあの藁人形の腕を格納したイヤリングか。
あの十字架のイヤリングにはそういう能力があるからだ。
『じゃあ、今からイヤリングを外して私の背中側に回す。それをあの絵の前でかざすんだ。明滅して自動でオレオールが発動する。光の範疇にスーサイド絵画があればスーサイド絵画をイヤリングのなかに収納できる』
『やりかたは理解した』
けっこう頼られてる系? じゃなかったら俺をつき合わせないか? やっぱり仲間だと思ってくれてるんだ。
『そしてここからが重要だ』
『うん。慎重にやるよ』
『雛がいうには、あのスーサイド絵画、まあ、あれが本物なのかどうかはわからないけど。相当動きが早いらしい』
『マジ。俺の動きでやれるかな?』
『念には念を』
寄白さんが右耳にあるイヤリングに手をかけて外した。
でも……ぜんぶで左右六個あるはずの寄白さんのイヤリングが今外したイヤリングを除いて四個しかない。
どっかで落としたのか? って、今はこの作戦に集中しないと。
『どうするの?』
『溜めを作らずⅢで間髪入れずに収納しにいくんだ』
『おお!! たしかに今の俺よりもⅢのほうが能力が上だ』
『私がイヤリングを渡す瞬間にⅢをだして、Ⅲの手でスーサイド絵画を収納する。いいな?』
『了解』
アヤカシとの戦いにおいては美子先輩だからな。
『じゃあ、手をうしろに回すぞ』
『わかった』
そっこーで、この瞬間にⅢを発動させるんだ。
{{Ⅲ}}
――――――――――――
――――――
―――