第300話 スーサイド絵画


 よし!!

 絵の真正面からけた。

 俺がやったのにやってないような気がする。

 まあ、ドライなんだから、本体おれとは、じゃっかんの認識の違いもあるけど。

 ドライは、スーサイド絵画との距離をまるでゼロにするようにして十字架に収納した。

 とりあえず、ドライを解除して、十字架のイヤリングは寄白さんがあの人と話を終えてから返そう。

 いや、ここはまだドライをだしたままで、この距離を保ったほうがいい、俺は感覚的にそう思った。

 

 けど、イヤリングに忌具の絵を収納した以上、スーサイド絵画の影響はイヤリングの外には漏れないってことだよな? それはあの黒い藁人形の腕でも証明されてるし、寄白さんは十字架のイヤリングに藁人形の腕を収納したまま日常生活を送ってたんだし。

 

 寄白さんがそのまま日常を過ごしてたのには、なにか実験的な意味があるのかもしれない……けど、そこは俺にはわからない。

 この十字架のイヤリングは忌具を収納するためだけのものなのか?

 とりあえずは寄白さんが、その女の人を説得するのを待ってよう。

 にしても、そのナイフってまるで一回、誰かを切ったことでもあるようにびてる。

 『さだわらし!!』

 『ん? なに?』

 な、なんか、寄白さんに虫の報せだけど大きな声だされたけど? なんかあったのか? その女の人だって別に変わった動きもしてないし、って、なっ!?

 な、なん、で、だ? くそっ、しまった。

 本体おれの視線のはるか先の、まだ解除していないおれがいるさらにその奥に真っ黒な和彫りの額縁の絵が浮いてる。

 スーサイド絵画逃げてたのか? それともおれが持ったままでいるイヤリングから逃げたのか? でも、なんで? 十字架に収納する瞬間にすり抜けた? だとしたら藁人形の腕はどうなったんだ? まさか一緒に逃げ出したとか? あれは負力を増幅ブーストさせる力がある。

 ドライで追うしかない。

 本体おれの意識を集中して、「六角第一高校いちこう」に転入したあの朝に南町の雨を見ていたようにドライの視界と本体おれの視点を一体化させるんだ。

 なんとなく視界が霞んで景色が二重に見えてきた。

 おっ、本体おれの目のなかに望遠鏡をのぞいたようにはるか遠くの景色が見えてきた。

 これでドライの視点と本体おれと完全に融合できた。

 よくあるロボット系アニメのように本体おれが操縦席にいて、ドライを操縦してるみたいだ。

 バシリスクのときは目の前に衝立があるように左右で別々の視点で見てたんだよな。

 ツヴァイドライを自由に出現させられるようにはなったけど、同期がなかなかムズい。

 今の俺のアヤカシとの戦闘における課題はそこだな。

 とりあえずドライで、絵を追ってくしかない。 

 でも俺の視線さらにずーっと奥に透明ななにかがある。

 奥だけじゃない、俺らのいるあたり一帯を囲んでる? この感じだと本体おれを中心にしても半径十メートルはそれに覆われてるな。

 知らないあいだに囲まれてたのか? まさかアヤカシ? スーサイド絵画の持ち主がいて、そいつが能力者とか? 蛇? 蛇なら虫の報せの内容を盗聴かれたか? だからスーサイド絵画が逃げた? でも、俺と寄白さんとのわずかな距離で話を聞かれてたのなら、日常会話のすべてを聞かれることになる。

 そうなるとすべての能力者がその対象になる。

 やっぱり虫の報せで話した作戦の内容を聞かれたわけじゃない。

 じゃあなんなんだ? 

 おれは考えがまとまならないままスーサイド絵画を追っていく。

 絵の中にいくつもある黒い手形の五本の指先が、おれのほうにむかってゆっくりと倒れてきてる気がする。

 気のせいじゃない絵のなかの指ぜんぶの第一関節が曲がってきている。

 そして第二関節も前に倒れてきた。

 ああ、これは絵のなかの手が手招きしてるんだ。

 

 まるで――おいで、おいで。っていってるようだ。

 いくつもの黒い手が俺を呼んでる。

 ああ、せっかく寄白さんが、お膳立てしてくれた作戦をミスっちまった。

 ほんと俺はダメ人間だ。

 俺ってみんなの役に立ってるのか? アヤカシの知識もすくないし、足手まといなんじゃ?っていうか俺って能力者じゃなくたって、ふつうの生徒に混ざればザ・ふつう。

 飛びぬけた才能もない。

 ふうつよりもした

 いや

 ああ絵の中から手が浮き出て伸びてきてるのか? あの手を掴んだらどうなるんだろう? なんかこの世界にいるより良いことあるんじゃないか?

 ああ、俺はなんのために生きてるんだ? 生きてる意味なんてあるのか? 人のためにって思う前にまず自分をなんとしろよな。

 もう、死んだほうがいいかも……あの女の人も独りじゃ寂しいだろう。

 なら一緒に死んだであげたほうがいいよな。

 誰もいないのは辛いだろう。

 だからさ、そのナイフで手首を切ったあとに俺もそのナイフで自分を刺してみるよ。

 

 ――どん。に近い――ざばっという音が耳に届いた。

 っ痛!? ってか冷た痛い。

 なんか顔の左半分がじんじんしてる。

 スゲー衝撃だった。

 頬に手を当ててみると顔が濡れていた? なにがあったんだ? これってまさか血の涙的に本体おれの本気の血ってことはないよな? 本体おれはゆっくりと手を確認する。

 

 透明な液体、これってなんだ? においはない。

 その液体が本体おれの口に入ってきた。

 無味無臭の液体、み、水? なんか感覚的には教室にある掃除用バケツの一杯ぶんくらいかけられた気がする。

 かけられたっていうより水で殴られた感じ? これはおれじゃなくて本体おれが受けた痛みだよな? まだ本体おれドライの意識が混同してる。

 「沙田くん、しっかりして」

 「えっ?」

 ドライじゃなく、本体の俺のほう顔の横に小さな人の形をした半紙のようなものが浮いていた。

 「こ、これって式神」 

 俺の斜め後ろに社さんがいた。

 ただ、社さんはビルの物陰になるように体を潜めながら【ドール・マニュピレーター】の能力を使って自分の弦の上に立っている。

 でも、その顔って? 社さんは両目を包帯でぐるぐる巻きにしていた。

 これはエネミーがガチで憧れるやつだ。

 そしてその包帯の中央には黒い十字架が埋まっている。

 その十字架って寄白さんのイヤリングだよな? あっ、よく見ると社さん包帯じゃなくて自分のいとで目元を巻いてたんだ。

 そういえば今、寄白さんのイヤリングは四つしかないんだった。

 ドライがひとつ持ってるから、もうひとつは社さんに渡してたのか? いったいいつ渡したんだ? 校長室をでるときまでは六つあったはずだ。

 「沙田くん、スーサイド絵画に障られてたわよ。あの絵を長時間、真正面から見てはだめ。弱った心の隙につけ入らて死にいざなわれてしまうわよ」

 ああ!!

 さっきのネガティブ思考はスーサイド絵画の影響か。

 社さん、なにげに和同開珎持ってるし。

 俺が水で目を覚まさなかったら追加の厭勝銭ようしょうせんを投げるとこだったのか、寛永通宝も持ってるし。

 一昨日のカラオケ店の再来だ。

 俺がバグってるところを社さんに救われた。

 社さんに目を覚ましてもらわなかったらと思うとゾッとするわ。

 にしてもスーサイド絵画、どっかで自分もそう思ってて葛藤してる部分を抉ってくるな。 

 忌具の実力発揮ってことね、まあ、だからこそ忌具なんだよな。

 忌具の力をまざまざと見せつけられたな、俺も例外じゃなくやられるところだった。

 最初にスーサイド絵画をよく観察しないとって思ってスーサイド絵画をガン見で観察してたのが悪かったんだな。

 つぎから気をつけないと。